4.ホグワーツの日常
――He is a real genius.――






一年生の教科書を買って復習しておけばよかったと後悔しています。

ええ、していますとも。

だからそんなに険しい目でこちらを見ないで、先生。

いくら私がグリフィンドールだからって!






「こんなことも分からないのかね、ミズ・?」

「分かりません」

「転入生だからといって甘やかされるとでも?復習しようとは思わなかったのか」

「あー、そうですね。魔法に慣れるのでいっぱいいっぱいでした」

「そんな言い訳が通用するとでも思っているのかね」

「通用しませんかね、やっぱり」


初めての授業が魔法薬学だというところからかなり心配はしていたのだけど、世の中やはりうまくいかない。

隣の席に座っているハーマイオニーが手を上げているのを綺麗さっぱり無視してスネイプ(先生)は続ける。


「話にならん。グリフィンドール5点減…」

「先生」


ナイスなタイミングで手を挙げたのはリドル。こころなしか後光が見える気がする。

リドルは何者をも魅了する笑顔(本人談)を浮かべる。女の子の歓声が上がった。


「何かね。ミスター・リドル」

「はい。先生のお話を邪魔するのは僕としても大変心苦しいのですが…」


嘘だな。


「このままだと授業が進まないし同じく転入生である僕も授業についていけなくなってしまいますし、

あ、先生のやり方を非難するつもりは無いんです。先生のことは尊敬しています。

ですが、尊敬しているからこそ、是非とも一刻も早く早急かつ迅速に先生の授業が聞きたいんです」


つまりは、「さっさと授業をはじめろ」ということだ。

スネイプは顔を引き攣らせながら、それでもリドルの言葉に隙が見つからなかったらしく、くるりと背を向けた。

そして私は見た。

スネイプ先生が腕を抑えているのを。

それは一瞬のことだったが私は確かに見た。そして急いでリドルを見た。

――笑っていた。



その笑顔に私は恐ろしいものを感じつつも、次の瞬間の鈍い音でその感情はすぐに消え失せた。

スネイプの頭に金ダライが落ちてきたのだ。


トドメ。






「ていうかあれはやりすぎだと思ったね、さすがに」

「いい薬なんじゃないの?も助かったし、一石二鳥」

「助かったのは嬉しいけど。あ、そういや、ありがとね。――でもなあ。私、スネイプ先生嫌いじゃないし」

「うっそ。あんなのが好みなの?」

「や、好みとはまた別物だと思うんだけど、なんて言うんだろう。まあ、とにかく嫌いじゃないよ、うん」


授業が終わった後、廊下でリドルが待っていてくれて、大丈夫だったかと訊いてくれた。

普段のリドルwith野菜な姿からはとても想像できない光景だったと伝えたら笑われた。

次の授業は変身術なのだけれど場所が分からないしリドルと話をしていたらハーマイオニーともはぐれたので

周囲の嫉妬を背に受けながらこうして廊下を歩いている。


「一年生の復習って、今からでも間に合うと思う?」

「どうだろう。課題に追われなければ良いんだけど。時間見つけて図書館に行ってみたら?教科書あるよ」

「場所知らない」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと連れていくよ」


ついでに勉強も教えてあげよう、と、やたら尊大な態度での申し出に、私は笑って了承の意を示した。

青春の記憶のリドルは本で読んだのよりも明るくて楽しい。


「やあ、リドルじゃないか」


後ろから声をかけられて振り向く。金髪オールバック美少年が立っていた。呼称長いな。

ぽっちゃりーズも後ろにドン、と控えている。

後ろの二人に萎縮して、皆マルフォイを恐れるらしいけれど、

二人が大きいせいでマルフォイが一層小さく見えるということに誰か突っ込んでくれないか。


「やあ、マルフォイ。今日も素敵な髪型だね」

「ああ、ありがとう。それはそうと、教室に行かなくていいのか?

いくら君が親切だからといって、グリフィンドールのヤツに気をつかなくてもいいんだぞ?

まあ、それが君のいいところでもあるのだけどな」


え、ほ、褒め殺し…!?

マルフォイを見る限り彼は嘘は吐いていないようだった。

リドルのほうは明らかにマルフォイをからかっているのけど、向こうはリドルを快く思っているらしい。


「じゃあ、。僕は授業に行くけど。変身術の教室はここから2つ目の扉だから」

「ありがとう。行ってらっしゃい」

「うん。また、昼食のときにね」


マルフォイが私をねめつけていったけれど、まあ、気にしないでおくのが一番いいだろう。






「あ、、こっち!」


教室に入るとハーマイオニーが手を振って隣の席を指した。

私を隣に座らせてくれるらしい。良い子だ。


「ありがとう」

「いいえ。それにしても遅かったわね。…あ、そっか、は転入生だから教室が分からなかったのね?」

「探検っぽくて、迷ったら迷ったで楽しそうだけどね」

「そんなに甘くないわよ、ここ。でも、ごめんなさい。待っていれば良かったわ」

「大丈夫。案内人がいるから」


そう言うと、ハーマイオニーは微かに驚いた顔をした。


「案内人?」

「そう。リドル」

「ああ、あのスリザリンの…。あら、でも彼も転入生じゃなかったかしら?」


内心でチッと舌打ちをする。しまった、失言だった。

言い訳を考えるときだけはやたらと回転の速い頭をフルに使って、目の前の賢い子供に言い訳する。


「なんでも、見取り図見て全部覚えたらしいよ」

「この学校に見取り図なんてあったかしら」

「……し、知り合いに卒業生がいたらしい」

「あら。それでも変よ。無駄に広いのだもの、ここ。見取り図を作るなんて大変じゃない?」


冷や汗が背中を流れる。

何が厄介かって、ハーマイオニーに悪意がないってことだ。彼女にあるのは知的好奇心のみ。

万事休すか、と腹をくくろうとしたとき、名案ならぬ名言い訳が私の頭に浮かんだ。


「私のおばあちゃん、前はホグワーツの教師だったらしくて、大変だから作ったんだって」

「成る程、それを見せてもらったのね。家族ぐるみのお付き合いなの?リドルって人と」

「あー、ええと。まあ、そんなもん」

「ふーん」


どうやら知的好奇心に終止符を打てたようだ。

ほっ、と溜息をつき、買ったばかりの教科書の中から変身術のものを選び、机の上におく。

文字自体は英語なのだけど、そこら辺はアレだ。ほら、イッツ・校長マジック。

だけど一年の時の内容をしっかりと復習したことを前提に作られているようで、中々分かり辛かったりする。


「あれ、君って転入生だよね?ハーマイオニーと知り合いだったんだ」


前の席にいた男の子が体をこちらに向けて声をかけてくる。

その隣の男の子も同様に体を後ろに向けた。

声をかけたのは左側の黒髪に眼鏡の少年で、右側の子は燃えるような髪の毛に、そばかすの子。

つまるところ、ハリーとロン。


「初めまして!僕、ハリー・ポッターっていうんだ。君は、えっと、なんて言ってたっけ、ロン?」

「え?あー…何だっけ。日本人の名前って、結構覚え辛いんだよな。特に苗字」

「あはは。それは日本人への挑戦かな?

「もう、二人とも…。よ、


…と口の中で何度か呟いて、覚えた!とでも言うように二人は顔を上げた。


「僕はロナウド・ウィーズリー。ロンって呼んでよ」

「あ、言い忘れたけど、僕のことはハリーでいいから」

「ハリーにロン。うん、分かった」


いきなりの呼び捨てはどうにも違和感がある。

日本人だからなのか、それとも単に私の性格なのか。

どちらなのかという問いは、今は必要ない。



それからすぐにマクゴナガル先生がやってきて、

私はさながら、全然分からなくて諦めモードに入っている授業を受けるような気分で2限目を終えた。






「うーん、放課後にでも図書室行ってみる?」

「そうだね。何だか授業中かなり切なかったし」

「うわぁ…」


昼食を大広間から適当に持って出て、中庭らしきところで食べる。

昼休みにも勉強する生徒はいるので持ち帰りやすい食事になっているらしい。

ご愁傷様、と言って目の前で合掌するリドルを見て、ますます切なくなった。

合掌なんてどこで覚えてきたの、と聞くべきなのだろうけど、彼は日本にいたのだし覚えていても当然だろう。


「あー、何か、野菜いじりたくなってきた」

「農業労働者不足にとって見れば神のような人だねリドルは。野菜栽培欠乏症」

「育っていく様子が好きなんだよね。素直に成長する。魔法界の植物は可愛くないから」

「可愛くない?」

「マンドラゴラとか、もうあれは例外だね。役には立つんだけど、正直あんまり育てたくない…」


フゥ、と溜息をついて、リドルは最後のサンドイッチを口に入れた。

タイミングを見計らって水を渡す。どーも、と言って受け取った。


「一人部屋だし、部屋で育てようかな」

「スリザリンって地下じゃなかった?日当たり悪すぎ」

「何のために魔法があるんだよ。こういうときこそ僕の類まれなる才能と強大な魔力を使わなきゃ」

「あはは。じゃあ、ついでに花とか植えたら?バレンタインのお返し用に」

「あ、いいねそれ。まあ、バレンタインが許可されればの話だけど」


そう言って二人してひとしきり笑った後、さてと、と言ってリドルが立ち上がった。

ベンチに座っていたのだけれど、サンドイッチのパンくずがローブに落ちてしまったようで、パンパンと払う。


「じゃ、放課後は図書室だね。授業が終わったら部屋に荷物置いて、それから行こう」

「重ね重ね申し訳ございませんリドル様」


私は両手を合わせてリドルを拝むふりをする。

リドルはまた笑って、そして去った。


「…私もいかないとなー」











それからはハーマイオニー御一行に付いて回って教室の場所を確認し、授業を受けた。

放課後は予告通りリドルと図書室に行って時間の許す限り復習をした。

流石に教え方がうまいので復習はスムーズに進むけれど、つき合わせていることを申し訳なく思う。



リドルの人気はどんどん膨れ上がっていき、2週間もするとファンクラブができた。

構成メンバーのほとんどが年上だという噂だ。

その頃には復習もある程度終わり、寮が違うので授業の関係から昼休みを一緒に過ごすこともなくなった。

タイミングが良かったのだろう、私は妬みや嫉みなどの被害は受けずにすんだ。



リドルの噂は他の寮にまで及んだ。

意地悪な先生の質問(習っていないところの質問に答えよ、という)を全問正解しただとか、

抜き打ちの小テストを満点でクリアしただとか、クィディッチのメンバーに選ばれただとか。

すべて事実だから、また噂に拍車がかかる。傍観しているぶんには実に楽しいことだ。






目の前に窓がある勉強机の上で、気が向いたらつける日記帳を閉じ、私は溜息をついた。

折角この世界にいるのだ。記録くらいしておかないと勿体無いだろう。

英語の練習もかねて英文で書けばいいのだろうけれど、そこまで英語に浸った生活には耐えられそうもない。

コンコン、と音がする。

フクロウでも来たのだろうか、と目線を上に上げると、そこにいたのは箒にまたがったリドルだった。

慌てて窓を開けて部屋に招き入れる。しまった、送り狼か!?…違うだろうな。そもそも意味違うし。


「こんばんは」

「はい、こんばんは。どうしたの。驚いたよ一応」

「一応って何。……別に。あっちにいると、どうもオールバック共が煩わしくて」

「リドル教の熱狂的信者だし。私、仲が良いってだけで、グリフィンドールなのに嫌味を言われたことがないよ」


そのかわり目線で「リドルに近寄るな」と刺されている。

もっとも、最近は一緒にいないのでそういうことは無いのだけれど。

リドルの何に惚れ込んだのか良く分からないけれど、色々あるような気がする。

スリザリンとしての素質とか、頭脳とか『類まれなる才能と強大な力』とか。わあ、惚れる理由バッチリ。


「あと、確認しておこうと思って」

「何を?」

「今年、何か起こるんだろう?その兆候と、対策。自分が被害者になるなんて耐えられない。絶対嫌

さすが帝王。でも、兆候っていってもな…」


記憶をたどる。本はおばあちゃん家に全部ある。

とりあえず、最初の事件は…



「壁に血文字が描かれたら、それが合図。対策としては、蛇に気をつけろ、ってとこだね」



リドルは私の言葉を聞くと少し考え込んだ。

そして、すぐに、合点が言ったというような表情をする。


「あ、あー、はいはい。思い出した。そういやここって僕のペットが地下にいた」

「というより、女子トイレからの通路ってどうなの」

「男の僕が女子トイレに入るとは、誰も思わないだろう?」


クスクスと笑うリドルを見て、私は確信した。

この男は目的のためには本当に手段を選ばない。

たとえそれが女子トイレに入ることであっても!





入学2週間後の夜は更けていく。













2004.11.8

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