3.ホグワーツ魔術学校
――He remembers ancient times.――






時間は瞬く間に過ぎていった。

気が付けば明日は9月、入学式だ。

もちろんそれは日本ではなく、イギリスの――ホグワーツの入学式のことだ。

着替えを入れたスーツケース2つ、教科書や羊皮紙を入れた紙袋2つ、櫛などの小物を入れたバッグ1つ。

それから、フクロウの籠。荷物はこれで全部だ。


、用意は出来た?」


襖を開けてリドルが訊く。


「出来た。リドルは?」

「僕も出来てるよ。じゃあ下に行こうか」

「うん」






「いよいよちゃんもホグワーツに行くのねえ」

「そうだね。行ってきます、おばあちゃん」

「行ってらっしゃい。リドルも気をつけてね。ちゃんをお願いね」

「ああ、分かった」


転入生ということで、私とリドルはホグワーツ特急には乗らずにフルーパウダーで漏れ鍋まで行く。

そこで教員と待ち合わせをしているのだ。

暖炉の部屋でおばあちゃんと別れの挨拶をする。

一人で残すことになるのだが、おばあちゃんは笑った。


「これでも魔法使いですからねえ。大丈夫よ、寂しくなったら遊びに行くわ」

「ホグワーツに?」

「そうねえ。これでもおばあちゃん、昔はホグワーツの教員だったんだから」


教師だったのは聞いたが、まさかホグワーツの教員だったとは。

よく考えればリドルが教え子なのだから当然か。


「僕の現役時代のね」


リドルがボソリと呟いた。

おばあちゃんはそれをさらりと流し、フルーパウダーの袋から私達の手に粉を落とした。

…おばあちゃんって何歳なんだろう。

私はダイアゴン横丁のときのようにリドルに手を引かれながら暖炉に入る。


「楽しい学校生活を送ってきてね」


出来れば、だけど。と、おばあちゃんは付け足した。

私はどう答えたものか皆目見当がつかなかったので曖昧に笑った。


「ダイアゴン横丁!」


流暢な英語でリドルが叫んだ。






漏れ鍋につくと、既に教員が待っていた。

黒のローブに黒の髪の毛に黒の服に、と足の先から頭のてっぺんまでが黒ずくめの男の人だ。


「―――――」


男性は何かを話す。私には分からない。

リドルは笑って言葉を返すのだが、目が笑っていない。


「―――――」


そのことに男性はどうやら気を悪くしてしまったようで、不機嫌な表情になりながら口を開く。


「―――――」

「―――――」

「―――――」

「……だ、誰か通訳して…」


思わず呟いた。






(険悪な)挨拶もどうにか終わり、男性は小さな袋をリドルに投げ渡すとローブを翻して暖炉に消えた。

とても投げやりに場所を告げたような気もするが、如何せん聞き取れなかった。


「さてと。行こうか、

「どこに行くの?」

「校長の部屋」

「……ダンブルドアの?」

「そう。さっき話してただろ?」

「早すぎて聞き取れなかったよ!」


ごめんごめん、と謝りながらリドルは暖炉に向かった。

慌ててその後を追う。

あとは先程のように私はリドルの手を取って暖炉に入った。

漏れ鍋の店主のトムさんが手を振っていた。










ドサ、とススの上に落ちる。

いつまでも暖炉にいてはむせてしまうので早々にススをはらって暖炉の外に出た。

円形の部屋に、見たことも無いものがたくさん飾られている。

棚にも所狭しと並んでいる。

中心の机にひげの長いおじいさんと、さっきの黒い男性が立っていた。


「ほっほ。よく来たのう。ようこそ、ホグワーツへ」

「遅い」


ほがらかに話しかけるおじいさんとは裏腹に、黒い男性からは辛辣な言葉を投げかけられた。


「それが僕に対する礼儀なわけ?」

「お前に礼儀など必要ないだろう」

「ふーん。そういうこと言うんだ」


黒い男性対リドル戦がまた始まってしまった。

リドルは手を前に出して男性の腕に向ける。

途端に男性は腕を押さえて苦しみだした。


「リドル」


おじいさん――おそらくダンブルドアだ――が静かに諌める。


「いたずらにそのようなことをするものではないぞ」

「…だけど、いい薬だろう?ねえ、セブルス」

「貴様…!」


セブルス、という言葉に反応する。

黒い男性はセブルス・スネイプだったようだ。

しかし突然、はた、と気付いた。


「何で皆日本語を喋ってるの?」


答えたのはリドルだった。


「僕は英語しか喋ってないけど…?」

「魔法じゃよ、ミズ・。この部屋全体にかけておるのでな」

「じゃあ、この部屋を出たら私は皆の言葉が聞けなくなる?」

「いやいや、そこは大丈夫じゃ。いくらワシとて、英語をすぐに覚えろとは言わん。いずれは覚えてほしいがのう」


ダンブルドアは私の前に来ると杖を振った。

霧状の光が体にまとわりつく。

特に喉と耳に光が集中し、一瞬だけ強く光って、そして消えた。


「これで大丈夫じゃ。じゃが永久に持続するわけではないでのう。一年に一度、この部屋においで」

「…あ。ありがとうございます」


少し呆けていたが、すぐに持ち直した。


「さて、次は二人の外見じゃな。ちと骨が折れるか」


そう言うとダンブルドアは机の上のカップに入ったオレンジ色の液体に杖を浸し、私とリドルに向けて振る。

緑色の光がさっきのように体を取り巻き、節々が軋むのが分かった。

服がダボ、と大きくなる。

驚いてリドルを見るとそこにはすでに青年の姿はなく、黒髪の少年が立っているだけだった。

少年は自分の手をまじまじと見詰める。


「…僕ってこんなに小さかったっけ。もう50年以上前だから覚えてないや」

「貴様にはその貧弱な姿が似合いだ」

「……そんなことを言うのはこの口かなー、セブルス?」


リドルは何事かを唱え杖を振る。スネイプの口が伸びた。


「は、はひほふふ!」

「『な、何をする!』?」

、よく分かるね。まあ、生徒の前でこれはあんまりか」


もう一度杖を振ると伸びていた口が元に戻った。

荒い呼吸を繰り返しながらスネイプはリドルを睨みつける。

リドルは楽しそうに笑っていた。

この辺りはヴォルデモートもリドルも同じようだ。


「相変わらず仲が悪いのう」

「相変わらず、なんですか?」

「そうじゃの。初対面時は殊に酷かった。この部屋も半壊してしもうて」

「うわ」

「セブルスにとって、リドルは憎むべき存在の分身じゃし、もともとあやつらは相性が良くないようでの」


ダンブルドアはため息をつく。しかしどこか楽しそうだ。


「リドルがヴォル…『例のあの人』だって知っている先生は他にいるんですか?」

「ホグワーツの教員のほとんどが知っておるよ。今年入った防衛術の先生は知らんがの」

「……ええと。不信とか、そういうのはあったり?」

「今のところはセブルスだけかのう。他の先生は、リドルの知識を重宝がっておる」

「そうですか」


胸をなでおろす。

ヴォルデモートの記憶というだけで変な目でリドルが見られるのはどうも好きではない。

その様子を見てダンブルドアはにっこりと微笑んだ。

この人の笑みはすごいと思う。人を安心させてくれる。


「そろそろ組み分けが終わるころじゃ。大広間に行かんとの」

「校長不在で組み分けしてるんですか!?」

「ほっほっほ」


食えないじいさんだ。






ホグワーツの廊下は明るい。電気の明るさではなく、ろうそくの明かりなので光がやわらかい。

ダンブルドアが思い出したように言った。


「おお、忘れるところじゃった。君たちの部屋についてじゃが、人数の関係で一人部屋になってしもうたのじゃ。

他の学年の生徒と同室にしてもいいのじゃが、時間割が違うじゃろうし不便じゃと思っての」

「いや、僕はそっちのほうが都合がいい」

「ミズ・はどうじゃ?」

「私も大丈夫です」


満足そうに頷きながら、ダンブルドアは足を進める。

大きな扉が現れ、スネイプがそれを開けた。

同時に注がれる、大量の視線。


「(人はカボチャだ人はカボチャだ人はカボチャなんだ…!)」

「…どうしたの?


これほどの視線を浴びることに慣れていない私は必死に自己暗示をかける。

ダンブルドアが私たちのことを説明しているときも心ここにあらずでよく聞くことができなかった。

気がつくと少々お年を召された(失礼!)先生が帽子を持って立っていて、リドルがトン、と私の背中を押した。

慌ててその先生のところに行き、椅子に座る。

帽子がかぶせられた。


『これはこれは。君はの孫だね?』

(すみません、うちは皆です

『おお、すまん。魔法薬学の教師におったのことじゃ。ファーストネームは教えてくれんかった』

(そうですね。孫ですね、たぶん)

『そうか。さて、君はどこに入りたいかね?』

(どこでもいいです)

『ほう。スリザリンでもか?君は『知って』おるのじゃろう?』

(まあ、それなりに。でも純血なので別に蔑まれることはないだろうし)

『ふむ…。ではアミダくじで決めようか』

(は!?アミダって、ちょっと、あの!?)

どーこーにーしーよーうーかーなー

(始まってる!?というか、どうやってアミダしてるんですか!?ねえ!!)




「グリフィンドール!!」




4つ並んだ大テーブルのうちの一つから割れんばかりの歓声が響く。

しかし、せめて直感で決めてほしかったと、どうしようもないやるせなさが私を襲った。

リドルはリドルで帽子をかぶる前に帽子に叫ばれてしまった。

スリザリン、と。






「違う寮になったね」


私が言うとリドルは笑った。


「うん、でもそんな気はしてたよ。…君のおばあさんもグリフィンドールだったから」

「へえ」

「あ、おじいさんのほうは確かスリザリンだったけどね」

「じゃあ恋愛結婚?」

「いや、見合い。結構騒がれたらしいよ?寮を超えた愛、とか何とか。授業中に言ってた」

「ああ、魔法薬学の先生だったんだっけ。うちのおばあちゃん」


スリザリンとグリフィンドールのテーブルに行く間に会話を交わす。

短い距離なのですぐに別れてしまったが。

席はどこも空いていなくて、途方にくれながら最後尾へと歩いていく。

ふわふわカールした髪の女の子が手を振ってくれた。


「こっち!空いてるわよ!」


私はこれ幸いとばかりにそちらへ走る。

女の子の隣には2人分くらいのスペースが空いていた。

どう見たって偶然空いていたとは思えない。


「誰かのために取ってるんじゃないの?」


訊くと女の子は眉をひそめた。


「本当はね。でも、組み分けが終わっても来ないのなら、きっと先生に怒られているか何かなんだわ」

「なるほどねー」

「ええ。だから座ってくれる?隣がこれじゃあ寂しすぎるわ」

「ありがとう」


隣に座ると女の子は花のような笑顔を浮かべた。


「私、ハーマイオニー・グレンジャーよ。よろしくね」

「よろしく。なんて呼べばいい?」

「ハーマイオニーでいいわ。私もって呼んでいいかしら」

「もちろん!」





イギリスの食事はこってりしていた。
















2004.9.7

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