2.買い物
――I bought you.――






寝て起きたら夢だったとかいう何ともな話を信じてみたかったりもする。

確かにハリポタは好きさ。昨日は「ワーイ魔法学校だー!」とか言ってはしゃいでたさ。

でも現実、そんなことが本当に起こるととても辛いです。

寮生活なんて経験がないので、多分ホームシックにかかります。きっとかかります。かかってみせます。






文明の利器・エアコンのおかげで快適な夜だった。

目を覚ますと見知らぬ天井があって、そういえば自分は非日常に入り込んでいるのだと気付いた。

上体を起こしていまだ覚めない頭を起動させる。

窓の外を見るとそこはやっぱり樹海で、とてつもない脱力感に襲われた。


「あら、ちゃん。おはよう、よく眠れた?」

「はい。……昨日のは夢じゃないんだね」


一階に下りるとおばあちゃんが朝食の準備をしていた。

ありとあらゆる調理器具が浮いている。

おばあちゃんは手を一振りして(杖は使っていない)調理器具を下ろし、料理を浮かせて台まで運ぶ。

微力ながら私も手伝った。魔法は使えないのでマグル式で。


「そろそろ朝食にしましょうか。リドルを呼んできてくれる?畑にいると思うから」


超個人的に、畑仕事をするリドルは見たくないと思った。






「…とか思ってたんだけど、畑仕事してるわけじゃないんだね」

「(何を思ったんだ?)うん、今は眺めてるだけ。あと収穫」


でもやっぱり、野菜の世話はほとんどリドルがしているらしい。

ラフなTシャツにジーンズ姿のリドルは麦藁帽子を持って、畑近くの石に腰掛けていた。


「そろそろ朝ごはんだよ」

「もうそんな時間?結構長いこといたなあ」

「どのくらい?」

「うーん、2,3時間くらいかな」


眺めるのが好きなんだ、とリドルは笑った。

私はしばらく畑を眺めた。朝の低い気温が心地良い。

なるほど、これは好きだな、と自然に思った。






和食の朝食を終えて思ったことは、リドルってお箸使えたんだ、という、とても失礼なことだった。

おばあちゃんが台所に魔法をかけると、皿がひとりでに洗われていく。

その平和な光景に朝の不安は消えていった。


ちゃんに手紙が来たのなら、ダイアゴン横丁でお買い物しなきゃねえ。ああ、リドルもだったわね」

「そういえば、この家に暖炉がある、みたいなことを昨日言ってたけど、どこにあるの?」

「隠居家の手前の部屋に暖炉専用の部屋があってねえ」


おばあちゃんは湯飲みのお茶を飲んで、ゆっくりと立ち上がる。

古い茶箪笥から何かが入っている袋を取り出した。


「フルーパウダーでお行きなさいな。良い経験になるわ。さ、用意をしておいで」


はーい、と返事をして私とリドルは2階の、この家における自室に戻る。

旅行鞄の中から財布と小さめのショルダーバッグを引き出して一階に降りた。

教えられた部屋に行くとリドルとおばあちゃんは既に待っていて、私の手に粉を一つかみ乗せた。


「日本語でも大丈夫…だと思うから、気をつけて行ってらっしゃいな」

すっごく曖昧なんですけど

はフルーパウダー初めてだよね。じゃ、僕につかまってなよ。日本語では実験してないし」

「……お願いします」


リドルが手を差し出したので私はその手を取る。

恥ずかしい、というよりも、憧れのハリポタの人に触れた嬉しさの方が大きかった。

おばあちゃん最高。(世界が繋がったのはあなたのおかげです)










そんなこんなで炎の感触を楽しむ暇もなく、漏れ鍋に到着した。

ススが肺に入ってゲッホゴッホしていたものの、店主のトムさん(だったかな)がくれた飴を舐めたら治った。

英語で喋っていたので何を言ったのか分からなかったが、リドルが通訳してくれたので大丈夫だ。

煉瓦のアーチは本を読んだのに覚えていなかったので(複雑すぎるんだよ!)リドルに開けてもらった。

まずはグリンゴッツでお金を引き出すらしい。

ゴブリンは本当に無愛想だった。でも仕事はきちんとこなしているので、そこは良いと思う。

ジェットコースターもどきで一気に金庫の前まで来た。


「鍵を」

「あ、はいはい」


おばあちゃんから預かった鍵を渡す。

金庫が開くと、そこはガリオン金貨の山だった。これだけあるとありがたみも何もあったもんじゃないってくらい。

純血、って聞いたときから想像はしていたのだが、これほどまでとは思わなかった。

袋も何も持っていないので、掴み取った金貨をそのままバッグの中に入れた。


「リドルも金庫を持ってるの?」

「ん?うん、持ってるよ。流石にここまで凄くは無いけど。知識があるから仕事には困らないし、使わないし」

「そう言えば、記憶なのにご飯食べるね」

「別に食べなくても良いんだけどね。味が好きなんだ」


リドルの金庫も金貨とか銀貨がどっさりだった。

多分、稼いでも使う機会がなくて何十年間か溜まりに溜まってきた結果なのだろうと思う。

何のために仕事をするのかと聞いたら暇つぶしと応えられて、少し切なくなった。

仕事を暇つぶしで出来るほどの知識は私にはありません。






「最初は杖かな」

「杖!買いに行こう!」


リドルの言葉に勢い良く飛びつく。形から入りたがる性分なのだ。

魔法使いだらけの横丁は私にとって遊園地のアトラクション以上のもので、余所見をしながら歩いてしまう。

人ごみに流されそうになるのを必死にリドルの後についてこらえた。


「オリバンダーの店、って読む?」

「当たり。そのくらいの英語力はあるんだね」

「名前くらいは何とか。会話は自信ないから、通訳お願いします…」

「いいよ」


扉を開けるとチリン、と鈴が鳴った。

カウンターに老人が座っている。

老人は私とリドルを目にとめると何かを話し出した。


「――――――」


英語が得意な方ではない私には、何を言っているのかさっぱりだ。

リドルの方を向くと彼は苦笑した。私はかなり困った顔をしているらしい。


「ようこそ、ミズ・。あなたのお父上とお母上は来られなかったが、どうしたのですかな?だってさ」

「とりあえず、杖を買いたいんですけど、って言ってくれる?」


リドルは老人(おそらくオリバンダーだろう)に私の言葉を伝える。

オリバンダーは心得たとでも言うように頷いて、店の奥から箱をいくつか持ってきた。


「―――――」

「『好きな物を選んで振ってみてください』」

「分かった」


古ぼけた箱に何故だかときめく。目の前に出された箱の中から一つ選んで振ってみた。が、何も起こらない。


「―――――」

「『相性がよくないようですね。では、次の物を』」

「えい」


オリバンダーが宙に浮いた。


「―――――?」

「『そうですね…では、これはいかかでしょう?』」


器用に空中で平泳ぎをして、オリバンダーは一番下の段から一つの箱を持ってくる。

目の前に浮いて漂ってきた杖を手に取って振る。

ポン、と音がして、杖の先に花が咲いた。


「て、手品グッズ…!?

「―――――!…――――」

「『おお、あなたはその杖と相性がいいようです!…材料を考えると少々複雑な気分ですが』」

「材料は何?」


オリバンダーは私を哀れむように見た。


「―――――」

「『そこら辺で拾った材木に、そこら辺の人のヒゲです。…冗談で作ったつもりだったんですが』」

ヒゲ……!?(ていうか冗談!?)」






少しばかり傷ついたが、杖であることに変わりはないのであまり気にしないことにする。

誰かに杖の材料を聞かれたら、すぐさま逃げよう。


「あの材料で杖が作れたことにも驚きだけどね…。僕も今度作ってみようかな。猫のヒゲとかで」

「やーめーてー…」


そんな会話を交わしながら、ふと横を見るとフクロウが目に入った。

思わず立ち止まる。ここはペットショップのようだ。店先にいろいろな動物の入った籠が置かれている。


?…ああ、フクロウか。欲しいなら買えば?」

「世話が大変そう」

「放し飼いにでもしておけば勝手に餌とって食べるよ。飢えそうになったらつつくだろうし。賢いから」

「あー、なるほど。じゃあ買おうかな」

「僕も買っとこうかな。ホグワーツに行くんなら、新聞とかの配達頼みたい」

「ホグワーツってフクロウいなかったっけ」

「懐いてないから、すぐつつかれるんだよ…」


おそらくリドルは経験者なのだろう。

私はフクロウを見て回る。メンフクロウは怖いと思う。

どうにも目が大きいフクロウは睨まれているのやら凝視されているのやらで苦手だ。

30分ほど見て周り、私はアカスズメフクロウ、リドルはケープワシミミズクを買うことになった。


「名前は決めたの?」


ふくろうの籠を持って店から出ると、リドルに訊かれた。(フクロウは即行で放し飼いだ)


「まだ決めてない。ネーミングセンスないし…。もうこの際名前無しでもいいかな、とか」

「え、でもフクロウを呼ぶときは?」

「フクロウ、って呼ぶ」

「他のフクロウまで来るんじゃない?」

「じゃあオスだから太郎で。リドルのはメスってことで花子ね」

「……いいけどね。日本に詳しい人がいるわけじゃないし」






鍋や魔法薬の材料は何が何だかさっぱりなので全てリドルに任せた。

リドルは信頼できる。と思う。少なくとも支配とか侵略とか、そういうものには興味がなさそうだ。

畑を眺めるのが好きな人だから。






フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の看板は読めなかった。私の英語力はここが限界のようだ。

漏れ鍋に部屋を取っているわけではないので鍋や魔法薬は自分で持たねばならず、

そのせいでカートはいっぱいで重い。

重力を無視する魔法はないのかと聞いたら有ると応えられたけれど、そこまで頼るのも気がひけた。

よって、カートは重いままだ。


「なんだろう、この人ごみ。何かあったかな…」


異様なまでの込み具合を見て、リドルが呟く。

私は店の壁に貼ってあるポスターに書かれているものを見る。

やたらキラキラした男性の写真があって、その横に何か書かれている。

ギルデロイ・ロックハートという固有名詞だけを理解した。


「ギルデロイさんが何かやってるみたい。あ、名字はロックハートか。ロックハートさんね、うん」

「ロックハート…?ああ、あの、やたら雑誌とかに載ってる人だね。本も出してるみたいだけど」

「本は面白い?」

「半々だね。本当のことを書いてる本もあればデタラメを書いてる本もある。よく分からないな」

「忘却術が得意らしいですよ」

「忘却?……なるほどね。人のしたことを自分のものにしてるってことか。それはあっちの世界での知識?」

「うん」


人垣が突然拍手に沸いた。

突然のことに驚いて、何だ何だと、私とリドルは人の波に潜り込んで書店に入る。

看板の男性が丸眼鏡をかけた黒髪の少年の肩を抱いてにっこりと笑っている。

少年はおそらくハリーなのだろうが、何だろう、ものすごく嫌そうだ。


「うわ、ハリーすごく迷惑そう…」

「あいつがハリー・ポッターなんだ?ふうん、なかなか上手く猫かぶってるじゃないか」

「猫かぶり?ハリーが?」

「あそこの赤毛…ウィーズリー一家かな。

そっちをチラチラ気にしてるから、たぶん騒いで迷惑をかけたくないんだろうね。限界みたいだけど」


そのうちにロックハートは、自分が魔法学校…もとい、魔術学校の教師になったことを告げた。

ハリーはさらに眉をしかめ、隣のリドルまでもが嫌そうな顔をした。


「闇の魔術に対する防衛術だけサボろうかな…」

「知識があってうらやましい限りだよ本当に」

「何なら教えてあげようか?」

「よし、防衛術の時間は何して過ごそうかな!」


ものめずらしさで授業には出ると思うけれども。

人垣がいっかな収まりそうにないので多少無理をして人の間を潜り抜け、教科書類を買う。

ギルデロイ・ロックハートの本を本人の前まで持っていかなければならないというのが面倒くさかった。

大量の本を紙袋に入れて出口まで来ると、複数の人が口論しているのが見えた。

さっき見たハリーとウィーズリー一家、対するはプラチナブロンドの、あれは親子だろうか。

流れから察するに、あの親子はマルフォイ家だろう。


「思いっきり出口ふさいでくれちゃって…」

「あ、乱闘始めたよ、


英語がこれでもかというほど飛び交っていて全く理解できない。

ウィーズリー家代表の赤毛のおじさんがプラチナブロンド父に飛びかかる。

本が頭の上に落ちてきた。


「痛!」

「全く…こっちの迷惑も考えて欲しいね」


リドルは器用に本を避けながら平然と言い放つ。

大きい男の人が仲裁に入って、何とかその場は治まった。

いくら原作を知っているとはいえ英語はさっぱりなので、そそくさと私は店を出た。

カートに紙袋を乗せる。

さあ、家に帰ろう。










「おかえりなさい。どうだったかしら?ダイアゴン横丁は」

「楽しかった!英語ばっかりで話が分からなかったけど」

「あらあら。リドルに通訳は頼んだ?」

「うん」

「よかったわねえ」


おばあちゃんがお茶とお菓子を出してくれた。葛餅だ。

大荷物は魔法でリドルが二階まで運んでくれた。


、荷物はの部屋の真向かいの部屋に置いたから」

「ありがとう。リドルも葛餅食べる?」

「いや、僕はいいよ。甘いもの苦手だし」


リドルは居間の座敷に座ってお茶をすすった。


ちゃんから見たダイアゴン横丁の話をして頂戴な。あなたの目に、あの横丁はどう映ったのかしら?」

「そう言われても、あんまりよく見て回ってないから何とも…。フクロウは意外と怖かったかな」

「ふふふ、慣れていない人にはそうかもしれないわねえ」

「あ、フクロウ買ったんだけど。…ダイアゴン横丁に置いてきちゃったかもしれない」

「大丈夫、漏れ鍋に入る前に帰ってきたよ。今はこの島に放してる」


リドルがフォローを入れてくれた。

おばあちゃんはにこにこしながら私の話を聞いている。

しかし、ふと思いついたように口を開いた。


「そういえば、ちゃんの杖の材料は」

「あの、その、ええと、……書店にてギルデロイ・ロックハートのサイン会があってまして!」





その辺で拾った材木とその辺の人のヒゲだなんて言えない。
















2004.9.4

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