葵官吏の執務室を辞した私は、その足で委員会の小部屋へと向かった。陽はすでに傾き始め、連なる柱の影が横断歩道のように回廊を横切っている。
 誰もいなくなった小部屋の中で棚の上に置いてある鍵付きの小箱を机案(つくえ)に降ろすと、やや乱暴に中身を確かめにかかった。委員会の書類や報告書ではない。そういったものに関しては御史裏行の彼が大事に保管している。だからこれはあくまで私個人のもの。私が見たもの、聞いたもの、委員たちの報告の中で疑問に感じたこと――そして殆ど忘れてしまった原作知識の覚え書きだ。
 本来の生国で使用される言葉を連ねた何枚もの走り書きに目を通しながら。

 ――段々と眉間のしわが深くなっていくことに気が付いた。



色彩独奏競争曲
アレグロ




 意識を失い葵官吏の執務室で目を覚ますという不甲斐ない出来事から3日。清雅君が教えてくれた暗殺傀儡の行動日まで1週間というところに迫った日の夜、私は再び後宮でお茶を飲んでいた。
 向かいに座り相手をしてくれているのはもちろん珠翠ではない。初対面の、名前も官位も知らない女官だ。頭を彩る様々な簪と垂れ目がちな双眸にさされた華やかな紅が少し目に痛い。ただ、ふわりと漂ってくる白粉の匂いは嫌いじゃなかった。この匂いが苦手な男性も多いらしいが単純に良い香りがすると思う。そう考えてしまうのは、私の本質が彼女達と同じ性だからだろうか。

「まさか様とお話できるなんて、夢にも思っていませんでしたわ」

 ころころと笑う声は成熟した見た目に反して高く、どこか幼さを感じさせる。

「貴女には大変申し訳ないことをしています。無位の者の相手をするのは退屈でしょうに」
「そんなことありませんわ。皆が口にする話はわたくしの耳にも入っております。様は今でこそ冗官でいらっしゃいますが、そうなる前はとても素晴らしい官吏だったのだとか。今の地位は何かの間違いか、そうでなければ特別な任務を請け負っているのに違いないともっぱらの噂ですのよ」
「そうなんですか」

 冗官になったのは間違いなく私の過失が原因だが、そのあとに続いた推測がなんとなく的の中心を射ているような気がして口の端が引きつった。
 女官は頬に手を当てて微笑みながら言葉を紡いでいく。

「ご実家は彩雲国でも一、二を争うほど勢いのある大店(おおだな)。柔らかな物腰でお話ししてくださることはどれも面白く、その上容貌(かたち)も整っていらっしゃる……憧れるなというほうが酷な話ではありませんか?」

 珠翠とのことがあるから皆大っぴらには口に出しませんけれど、と締めくくり、言葉は切れた。
 実際には商家だと官吏になれないので国試受験前に貴族である師の養子になっているのだが、まあ、ちょくちょく副社長と会っているのは確かだし、たまに店を覗きに行くし、頼んでいないのに金が送られてくるという状況を考えれば、実家と言ってしまって差し支えないのかもしれない。ただし金銭は賄賂と捉えらかねないので控えている。代わりに食料や調度品が届くようになってしまったが。
 女性視点に立てるから会話が盛り上がりやすいのも確かだ。だけど、ずっと先の時間軸、人はそれをガールズトークと呼んでいるんだよ――とは口に出せないまま。

「身に余る評価、光栄です……なんというか、本当に。あ、よろしければ、これをどうぞ」

 そう言って私は手のひらサイズの小さな漆箱を手渡した。

「わたくしに? なんでしょうか……まあ!」

 箱を空けた瞬間、女官は喜色満面に笑みを浮かべる。
 中身は言ってしまえばただの点心だ。しかしながら家を通して子供の頃から付き合いのある腕利きの職人に作ってもらった一級品である。
 余談ではあるが少し前、故郷の味を再現したくて饅頭の素材や形にあれこれ注文をつけていた時期があった。その時に散々無茶を言ってしまったせいか、今では「またか」という反応をされてしまう。閑話休題。
 小箱に入ったそれも例に漏れず私と職人のこだわりが詰まっている。点心には明るくないので加工法は分からないが、細かな造形が施されたそれは、つまり和菓子――練りきりもどきだった。
 茶色と桃色の中間のような、ほんのりピンクと言えなくもない色をした梅型が可愛らしい。

「このような素敵なもの、わたくしがいただいてもよろしいのですか? 珠翠に渡すはずだったのでは?」
「いえ……実は筆頭女官殿に」
「芙蓉様に?」
「ええ、ですが本日はお会いすることが叶わなかったので……貴女が受け取ってくださらなければ持って帰るしかないのですが、それも立つ瀬がないというか」

 苦笑して見せれば女官も心得たもので、不快な表情など一切見せずに微笑んで見せた。

「では、わたくし自身には何もありませんのね?」
「次にお会いするためのよすがということで。ここで渡してしまったら、私に飽きてしまうでしょうから」
「あら、ふふ。……そこまでおっしゃるのなら待って差し上げますが、他の方に遅れをとらないようになさることをお勧めします。ここ数年、後宮をおとなう殿方が多くなっておりますから」
「……私が言うのもなんですが、後宮は男子禁制のはずでは?」

 思わず目を瞬かせた私に気を悪くした素振りを見せることなく女官は目を伏せた。

「もちろんその通りですわ。ただ……陛下が病にお倒れになった時や王位争いの後、主を失った後宮は精彩を欠き、それは薄暗い場所へと成り果ててしまったそうなのです。女官たちも何とか明るく振舞っていたようですが、それだけでは盛り立てるのにも限界があったみたいで……官吏の皆様が慰めにいらしてくださるようになったので乗り切ることができたのだと聞いています」
「例えば花や菓子を持って?」
「ええ、さすがに奥にはお通しできませんから門近くの棟や四阿で応対しておりますけれど、皆様優しく気遣ってくださるみたいですわね。そのうち官吏の方々同士でもお話しするようになって、今ではごくたまに議論を交わしたりもしているようです。」
「では私はすぐに辞した方がいいのでしょうか……結構奥の方ですよね、ここ」
「ふふふ、大丈夫ですわ。さすがにここまでお通しするのは様や藍様くらいですが、他の皆様にも一つ手前の棟まではお見せしていますもの」

 芙蓉様と珠翠お二人のお知り合いなのですから、ある意味特別ですねと言って女官は苦笑した。
 そして少しだけ寂しそうに呟く。

「きっと……わたくしたちと同じように、官吏の方々も途方にくれていたのですわ。天災は天と仙のもたらす戒め。分かってはいても人の手でとめることの出来ない災厄に、皆、疲れ果てていたのです」
「……ええ、それは、理解できます」
「ありがとうございます。――後宮は本来、陛下や王族の方々のためだけに存在するもの。その在り方はこれからも決して変わらないでしょう。ですが『掖庭宮』に限って言えば……こうして皆様に場を開くことがわずかでも国政に携わる方々や、ひいては陛下へのお力添えになるのなら……わたくしは、こういった在りかたも後宮……いいえ、女官の一つの道なのではないかと考えるのです」

 私は今度こそ驚きを隠せず、目を丸くした。
 目の前の女官は表情から笑みを消し、瞳に真摯な光を宿している。けれど、その考え方は分かりやすく『異端』だった。少なくともこの世界の女性、それも後宮という閉鎖社会の中では。

 この国の女性の立場は決して高いものではない。その上貴族や官吏など、立場が上に行けばいくほど男尊女卑の傾向が強くなる。それは国試が女人禁制であることや、官位の上では男性官吏と同等の立場であるはずの女官が政治的な発言権を持たないことからも明白だ。平民の中には所謂カカア天下が敷かれた家庭も多く存在するが、基本的に「女性は内向き」という考えが常識であると言っていいし、そんなわけだからそもそも大半の女性の場合『政について考える』という発想をする下地に乏しい。女性の教育に政治経済的な事柄は不要だと断言する人も多い。
 もちろん人によって考え方は様々だし、女性でも政治について深い造詣を持つ人はいる。個人的に、政治参画の権利は男女の別なく与えられてしかるべきだとも思っている。けれどもそれを少しでも表に出し、しかも『官吏』の前で話すのは――この国の常識に照らし合わせて考えるなら――はっきり言って異常だとしか言いようがなかった。

 女官だとて『官』の文字を戴く立派な官人、つまり公務員なのだから、(すべか)らく国民のために力を尽くすことは業務の内だろう。女官という存在に馴染みが薄い私は安直にそう考えてしまうが、現実は結構俗っぽい。
 言ってしまえばここは女官にとって王の伴侶に選ばれるための戦場であり、同時に貴族や豪族の子女達にとって花嫁修業をする学校なのだ。
 中には現筆頭女官のように国を想い、後進を育てながら長年務めている方もいる。けれど彼女のような人が圧倒的に少ないのもまた事実だった。
 私の知る限りそういう考え方をする人間は、この後宮に三人しかいない。

 筆頭女官である芙蓉様。
 珠翠。
 そして――ただ一人、病の床にある王が娶った「最後の妾妃」として後宮に存在する、姫。
 変わり者として酷評され続けている悪姫。何の憚りもなく、主上のための後宮に幾人もの情夫を引き入れているという毒婦。数多くの簪を持つことから、ついた呼び名は『簪姫』。
 私は目の前の人物に対する認識が誤っていたことを知った。

「あなたは……宝林なのですね」

 私の言葉を女官は――いや、妾妃は否定しなかった。ただ寂しそうに微笑む。
 つまり私はれっきとした妃である彼女に対し、筆頭女官より下の人間として余り物を贈ってしまったことになる。『宝林』は妾妃の中でも下位ではあるが、それでも位は正六品だ。例外的な権限を与えられているとはいえ無位の私とは比べ物にならない。服装がへたな女官より質素だったので油断してしまったのか。痛恨のミスだ。
 そういえば彼女は会話中、私に対し常に上位に立つ物言いをしていたように思う。私はそれを女官の矜持ゆえのことだと思ったのだが――違った。違うのだ、へりくだらなかったのではなく、へりくだる事が許されない立場だったのだ。
 焦り、慌てて跪拝をとろうとした私の動きを読み取ったのか、妾妃は小さく首を振った。

「大丈夫です、あなたを咎めることはありません。わたくしが意図的に女官として振舞っていたのです。あなたの噂は以前から聞いていました。わたくしたちを女官だから……女だからといって軽んじることなく、対等に、同じ場に立って物を見て、話をしてくださる方だと」
「ですが、あまりにも礼を失した態度をとってしまい……」
「いいえ。わたくしは、あなたとこうやって話がしたかったのです。妾妃などという肩書き越しではなく、わたくしという『個』として『様』がどのような方なのか一度お会いしてみたかった。礼を言います。……わたくしの話を笑わなかったのは、あなたで四人目です」

 そう言って、妾妃は本当に嬉しそうに微笑んだ。その笑顔に何だか毒気を抜かれてしまって、今後の立場や委員会へのペナルティを想像して真っ青になっていた心が段々と落ち着いていく。
 妾妃の態度と心構えは封建社会である彩雲国では異質な部類に入るが、今のところ人生の半分以上を日本人として生きた私からみれば、まったくもって許容範囲内の思想である。驚く要素も、まして笑う要素などどこにもなかった。
 ただ気まずさはあったので、茶化すように話題を逸らした。

「残りの三名に嫉妬してしまいます」
「ですがおそらく、あなたが最後の一人ですよ」
「そうですか。……あなたが最初の一人に出会えてよかったと心から思います。そうでなければこうして私と言葉を交わしてくださることもなかったでしょう」
「ふふ、芙蓉様には妃としての自覚を持ちなさいと反対されてしまいましたが」
「まあ、筆頭女官殿の立場からすれば反対するしかないでしょう」

 極端に穿った見方をすれば、この状況は妃たる人間がすすんで間男を引き入れているようなものなのだ。これでは悪評が否定できなくなってしまう。

「それにしても、芙蓉様とはお親しいのですか?」

  女官として話していたとき、口にする情報がほぼ全て伝聞形式だったのが気になっていた。多分相当に寂しい思いをしているのだと想像が付くが、そんな彼女が親しげに名前を呼ぶということはつまり、それだけ信頼しているということなのだろう。
 妾妃は頷いた。

「以前、ある家で侍女をしていましたの。わたくしは御子様付きでしたけれど、芙蓉様は奥様付きの女官をなさっていたのですわ」

 同僚だったということか。
 ふと、そもそも後宮を訪れた理由を思い出して問いかけた。

「筆頭女官殿は臥せっておられるのでしょうか? お会いできなくて残念でした」
「いいえ、女官は交代で休暇をとっているのです。何かご用がおありでしたの?」
「珠翠のことで少し……」

 妾妃は訳知り顔で頷いた。でも彼女が考えているものはたぶん違う理由だ。

様といい、藍様といい、珠翠は愛されていますわね。宿下がりしていなければ、わたくしが珠翠のもとへお連れしたのですけれど。ああでも、最近は劉輝様が珠翠のもとを訪れることが多かったから……」
「愛かどうかは分かりかねますが」
「まあ、ご自分のことなのに?」

 藍楸瑛はともかく、私が後宮に通い珠翠に会おうとし続けているのはひとえに過去の清算をしたいからだ。会って何になるわけでもないかもしれないが、それでもそうしなければ何も始まらない。私と珠翠の関係は父の血を浴びたまま止まってしまっている。
 けれど今は、それとは違う理由も入っていた。
 藍楸瑛を狙うという暗殺傀儡。私の記憶が確かなら、珠翠は縹家出身の『元』暗殺傀儡だったはずだ。……父上が殺されるまで思い出せなかったが。とはいえ縹家から出奔しているはずだから関係している可能性は低いのだけれども、なんだか、こう、引っかかるものがある。
 というより珠翠のことに限らずこの件にはそこかしこに小さな違和感が散らばっているような気がして落ち着かない。まったくもって面倒な案件である。
 できることなら珠翠に対面して彼女に関する疑問点だけでも明らかにできないだろうかと思ったのだが、運悪く実家に帰っているというし、彼女の唯一の上司である筆頭女官は公休日らしいし、これはタイミングが悪かったと諦めるしかない。これ以上時間を割くこともできないし、確かな証言が得られないのは心もとないが状況証拠と推論の材料はある程度揃っているから、それでどうにか防衛線を張ることにする。あとは藍楸瑛の運をひたすら信じよう。

 そういえば官吏になりたてで後ろ盾も何もなかった頃は小説の知識をもとに「先見の明がある」と見せかけることで立ち位置を作ろうとしていたなあと思いだした。――結局、わずかに残る『』の才能以外に秀でた何かを持つわけではない私が頼れるのはそれだけだったということだ。
 他人の顔色を伺い、言動に聞き耳を立て、この国の人間とは違う感性と情報でハッタリをかける。
 なんて面倒くさい。腹芸よりも事務作業のほうが好みだ。こうして毎日毎日意地とハッタリと義務感で駆けずり回っていることが本当に不思議でならない。

 そんなことを考えていても時間は過ぎるし暗殺傀儡も止まらない。私は妾妃に退室の意を伝えた。

「機会があればまたお話しましょう。あなたがお嫌でなければ、ですが」
「とんでもない。喜んでお供させていただきます」
「ありがとう。――では、また」

 控えていた女官に伴われ、妾妃は踵を返した。何本もの簪が灯りを反射して鈍くきらめく。ふと、正面からは見えなかった後頭部に挿された簪に小さな飾り布のようなものが下がっているのが見えた。完璧に結い上げられた髪に埋もれてよく見えないが、どことなく見覚えがあるような気がして妾妃の姿を目で追う。赤地に金糸と銀糸の刺繍。
 傍仕え達に遮られてよく見えなかったが――





 暗殺傀儡が動くという5日後について、藍楸瑛の避難先を東宮にしてはどうか、という提案に私は首を傾げた。東宮とは、蒼明宮の右手に建つ、太子や公子達の住まいだ。現在の主は劉輝公子――いや、劉輝太子だが、見聞きした限り彼はもっぱら掖庭宮にいるし、第一公子は精神を病んで母方の実家に身を寄せているというから実質無人の宮である。
 小部屋には私と陸清雅、裏行代表の三人がいるのだが、どうやら理解できなかったのは私だけのようだ。提案した裏行代表はともかく、陸清雅が賛成の意を示したことに驚いた。護衛代表である茈静蘭は急遽選定された十六衛の増援部隊の配備調整に忙しくしているのだが、この案はもともと彼の発案らしい。曰く、人が少なくて護衛しやすいからと。

「なんで? 藍家に戻ってもらえばいいじゃない」

 半ば反射的にそう答える。少なくとも宮城――朝廷に隣接している東宮よりは貴陽にある藍家別邸のほうが警備体制も護衛の数も充実しているだろう。ターゲットさえいなければ暗殺傀儡が動く理由もない――ああ、なるほど。

「そっか、何にも変わらないのか」
「もちろん別邸に帰っていただくのが一番安全な方法ではあるんですけどねえ……藍進士が登城するたび護衛を編成するのは無理がありますし、何より上から圧力がかかってますから」
「え、なにそれ」

 裏行代表の言葉に思わず耳を疑った。葵官吏は雰囲気以外では圧力などかけていなかったが。
 そう言えば、今度は陸清雅が大きな溜息を吐いた。そして憮然とした表情で私を睨みつけてくる。

「あなたって、ほんっと必要なこと以外に目を向けませんよね……!」
「……ごめん、それは自覚していなかったかもしれない。でも本当に何があったの」
「貴方が考えている以上に高官の方々は我々……というより委員長に注目しているということですよ」

 苦笑した裏行代表のフォローにますますわけが分からなくなる。

「別に今のところ成果出したわけでもないんだけど」
「……まあ、評価の大半が『葵官吏の懐刀』って部分に集中しているのは確かですが」
「ああ、なるほど。近寄り難い通り越して一人要塞みたいになってるからなあ、あの人」

 御史中丞という官位に加えてあの無愛想のせいで人が寄り付かない葵官吏に、仕事上必要だからではあるが比較的頻繁に近づいている私は周囲から浮いているのだろう。それで変な注目を浴びてしまっているのだ。

「つまり責任は葵官吏にあるんだね」
「それで、東宮を使用する件についてですが」

 冗談めかして叩いた軽口には何の反応も返ってこなかった。いつになく――というよりは努めて、だろうか――淡々と話を進める御史裏行の言葉に耳を澄ませる。

「すでに葵官吏から許可は出ています」
「早くない? もう申請してたの? さすがだね」
「いえ、流石に委員長に何の相談もなく申請したりしませんよ。そうじゃなくて、葵官吏も同じ提案をしてこられたんです」

 その言葉に思わず目を丸くする。しかし同時に納得してもいた。
 進捗状況は逐一報告しているし、『上層部の圧力』とやらだって私が便宜上葵官吏のもとで仕事をしている――所属は一応礼部なのだが、御史台にいる時間が多すぎてもはや御史台の臨時官扱いである――以上、彼の人を通さなければ降りかかるはずのないものだ。つまり大前提として葵官吏はこの件に関して委員会の動きをほぼ全て把握している、というのがあって、その上で助言をしてきたというのなら、それは、『それが最善の策である』という言外の証明に他ならない。
 他の部署の人間にこの推論を聞かせたらまず間違いなく過大評価だと謗られるだろうが、彼の下で仕事をする身としてはこの評価が間違っているとは思えないし、私の薄ぼんやりとした知識と照らし合わせてみても特に違和感は感じない。
 うん、とひとつ頷いた。

「葵官吏が言うなら、それでいく」
「…………委員長って」
「ん?」
「いえ、あの……本当に葵官吏のこと、信頼していらっしゃるんですね」

 感心したように頷きながら言う裏行に、なんとなく複雑な思いで言葉を返す。

「信頼というか……あの人の有能さは知っているから。俺や委員会を利用することはあっても、最後は政治的に最高の結末まで持っていくんだろうなって思っているよ」
「それが信頼じゃないんですか?」
「そうなのかなあ。うーん、でもさ」

 言いにくさをごまかすために苦笑する。傍で東宮使用――正確には東宮にいる『はず』の太子・紫劉輝への目通り願い――の許可書を作成している陸清雅をちらりと見やり、なんとなくいたたまれなくなった。

「御史って、信頼に殺されることが多いじゃない」

 難しいよねえ、と言った私の顔を、陸清雅が信じられないものを見る目で見つめていた。





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2014.9.20
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