63.
 非常に気まずくなってしまったとキルアであったが、その翌日にキルアのターゲットである199番・ウモリの兄弟であるイモリ(ちなみに198番。のターゲットである)にうんざりしたキルアがプレートを奪い、やってきた兄二人のプレートも奪うという出来事が起きた。そっぽを向いて無言でプレートを投げてよこしたキルアには内心首を傾げたが、手の中のプレートの番号を見て合点がいく。198番。不必要の197番はセオリー通りに遠くへと投げてしまったが、自分のターゲットのプレートを投げずにいてくれたことがは嬉しかった。礼を言ったが照れているのか、キルアはそのまま姿を消した。
 それからは残りの数日を一人で過ごしている。

 適当に森の中を歩き、時折見つける食用植物や木の実などを大きな葉で作った袋に入れる。ゾルディック家での半年間のサバイバル生活は無でなかったどころか感謝したいほどの有であった。

(あ、木の実発見)

 プチンと蔦から木の実をもぎ取る。赤く小さなそれは特に汚れているわけでもなかったのでそのまま口に入れた。時間的にはそろそろ正午だろうか。茂る葉に覆われた頭上を仰ぎながらはそんなことを考えた。そよ風にゆらめく葉の隙間から零れてくる光に目を細める。光の柱はのまわりのそこかしこに降り注いでいるが、決してを照らすことはない。
 それは自然が作り出した偶然であったが、にはそれが自分に与えられた罰であるように思えた。

(ごめんね)

 この世界に来て数年になる。こんなに長く一つの世界にとどまったのは初めてで、しかしは未だある問いに答えを見つけることが出来ずにいる。――自分はどうすればいいのだろう。
 流されることを望んだ。銀河の祖母によると自分はいずれ戻ることができるそうだから。けれどもは知っている。この先に起こるいろいろなことを。時間と共に薄れ行くはずの記憶はが忘れるたびに夢となってけたたましい警鐘を鳴らす。まるで「忘れるな」と、ありもしない声が自分を叱咤するように。 

(ごめん)

 自分の記憶と力を以ってすればこの先の未来を変えるなど容易いことであろう。否、自分という存在がここにいる時点でこの世界は変化してしまっているのだ。
 何もせずにひっそりとこの世界で生きていくのが本当は一番いいのだと思う。しかしそれがには出来ない。自分は動き続けなければならない――そんな気がする。そうでなければ帰れない。夢の声がを責める。たゆたうことなど許さない。平穏など与えてやらぬ。この世界にいる以上、帰りたくば動き続けよ。
 理を二重に曲げたお前がここで生きている限り。
 不変の流れはお前を拒む。

(私は)

 絶え間なく変わり続ける世界がこんなにも愛しくて、疎ましくて、



64.
 第四次試験の終了を告げる汽笛が鳴る。その音を合図には木の上から飛び降りた。地面に足が付く寸前でわずかに体を浮かし、軽い音を立てて着地した。一時間の猶予期間が与えられているが合格者たちは殆どがスタート地点近くに潜んでいたようで、すぐに全員が揃うこととなった。記憶では合格者は9人だったはずなのだが自分がいるせいだろう、10人であった。

「あ、!キミも合格したんだね、良かった!」
「……ああ、ゴン。そっちも合格したようだね。おめでとう」
「お?なんだなんだ、お前も合格したのか!?嘘だろ、マジで!?」
「レオリオ、失礼だろうそれは。すまないな、さん。コイツは本当に不躾で」
「お前のほうがよっぽど失礼だがな、オレに対して」

 突然に始まってしまったクラピカとレオリオの険悪なムードにはいささか戸惑うが「大丈夫いつものことだから」と限りなく爽やかな笑顔で答えたゴンの勢いに押され、止めることはかなわなかった。そのうちにキルアも合流し、こんどはが気まずい思いをすることになったが飛行船に乗り込む際に、

「ほら、行くぜ、

と彼が何気なく言った一言が怒っていないことを暗示しており、はやっと一息ついたのだった。



65.
 目の前にはゴンとクラピカのやり取りが繰り広げられている。ヒソカがターゲットであったゴンだが、彼との力の違いを思い知ったのだという。己が悔しく情けない。その気持ちはにもかすかに覚えがあった。もっとも、現在の自分は幸運なことに力不足とは無縁の人生を送っているのだが。
 ――大切な人を、失った。
 誰かを守れるだけの力はあったのだろう。しかし、責任が怖かった。守るということはイコールその対象の命にも関わるということである。に誰かの命を背負うだけの技量はなかった。……少なくとも、以前は。今はどうだか分からない。

(……だめだ)

 は頭を振って思考を中断した。感傷など今更である。そんな暇があったら少しでも自分の精神を強くするよう努めた方がいい。鬱々と考えていたって過ぎたことは変えられないし変えるつもりもない。それこそ傲慢というものだろう。

『これより会長が面談を行います。呼ばれた方は2階の第1応接室まで……』

 は目を伏せる。
 チカチカと、飛行船の外の雲ひとつない晴天がゆるやかに穏やかに光をまで運んできた。



66.
「失礼します」

 一声かけては応接室に入室した。ネテロは顔を上げることなく書類に目を通し続ける。自分が今いるところより一段高い和室は奥に「心」と書かれた大きな掛け軸が欠けられており、その横には風流な枝が生けられている。どこか懐かしさを感じさせる光景には一瞬心奪われた。

「そんなところに突っ立っとらんと、まあ座りなされ」
「あ、はい。……あの枝、梅ですか?」
「ほう。キミは東国の出身かね。確か書類にはパドキア共和国出身と」
「……いえ、お仕えさせていただいている家で聞き知りました」

 さすがだ。油断しているとボロを出しかねない。は内心舌を巻き、そして表情を引き締めて少々身構えた。ネテロはそんなを気にした風もなく「では早速」と言って質問を口にした。

「なぜハンターになりたいのかな?」

 は答えようとして、口を噤まざるを得なかった。自分の受験理由はただ単に「キルアの護衛」でありそれ以上もそれ以下もない。確かにハンターになればいろいろと都合の付くこともあるだろうが、今のところにその特権を利用する予定もつもりもない。これが一番難しい質問なのではないか、とは頭を抱えた。

「……特にありません」
「ほう。珍しいのお。特に理由もなく受けたか。99番と同じじゃな」

 99番、とネテロが言った瞬間に自分の顔が強張ったであろうことは否めない。しかし言った本人には大して気にした様子もない。おそらくこの人物は気にせずとも観察しているのだろう。言葉の端々にその気配が感じ取れた。一ミリの矛盾も見逃さない鋭い眼光を目の前の老人は隠し持っている。

「まあいい。そんな受験生がいないわけでもなし。では次じゃ。おぬし以外の9人の中で一番注目しているのは誰かね?ああ、先に言っておくとワシの質問に対し全て『特になし』で答えるのもアリじゃ」
「注目、ですか。……99番と405番の才に特に期待していますが、44番と301番の力量の高さも気になっています。また、404番のバランスの良さも403番の医療技術も294番のノリの良さも全て尊敬しています」
「優柔不断じゃの」
「たまに言われます」

 苦笑しては答えた。

「では最後の質問じゃ。9人の中で一番戦いたくないのは?」
「………」
「ん?どうしたかね」

 は無言で立ち上がる。扉に手をかけ、一瞬躊躇したのちに口を開いた。

「……少なくとも私は、誰と戦っても死にません。死ぬわけにはいかないので」



67.
 たっぷり3日かけて、受験生たちを乗せた飛行船はとあるホテルに到着した。休めたかというネテロの言葉にこの航行速度が意図的なものであったことを知る。なるほど、さすがは最終試験である。第三次試験と第四次試験など休む間は船に乗っている時だけであったのに。(もっと言うなら第一次試験と第二次試験の間は正午までの十数分だった。)
 を含めた10人の受験生は黒いスーツを着た男たちの先導のもと、広いホールへと来た。今までの試験を振り返れば目の前の黒スーツの男たちのさまは異様である……そう思いかけたが自分自身も黒に近い紫の燕尾服であるため思考すら憚られてしまった。定食屋で働いていたときに買った服は置いてきた。自分にあるのは背にかけた小さなリュック一つのみである。そろそろ外出願いを出してみようかと、はふと思い、ゴトーの反応を想像して少し笑った。きっとあの生真面目な執事長は無表情で却下するだろう。

「最終試験は1対1のトーナメント形式で行う」

 ネテロの声がホールに響く。年齢を推測することすら許してくれない外見の持ち主ネテロの横には白い布で覆われたホワイトボードが静かに、しかし強く、その存在を主張していた。布の下から模造紙がのぞいている。

「組み合わせはこうじゃ」

 そう言うとネテロは一気に布を取り払った。現れたのは予想通りトーナメント表であったが、はそんなことよりもそれに記された事実に目を見開いた。
 第一戦目はゴンとハンゾー。記憶どおりである。しかし第二戦目は……

「何これ。変なトーナメント」

 キルアが呟く。ネテロはそれに構わず試験のルールの説明を始めた。たった一勝で合格であること、不合格者は一名であること。またこのトーナメントは今までの試験の成績に比例して所謂贔屓がなされていること。だからゴンとハンゾーには5回のチャンスが与えられているがレオリオには2回である。だからこのトーナメント表はキルアの言うとおり、一目で誰が有利なのか(成績が良いのか)が分かる「変なトーナメント」だったのだ。

「……オレ、ゴンとハゲと帽子とに資質で負けてるってことじゃん」

 続けて呟かれた不満そうな声に思わずは瞠目した。
 ――第一戦目はゴンとハンゾー。しかし第二戦目は。

 ゴンとハンゾーのどちらかと、、なのだった。



68.
 かなり酷い試合だった。悪い意味ではなく、しかし良い意味でもなく。ゴンは己の信念――ハンターになるという強い意志を曲げなかったし、それはハンゾーにも同じことが言えた。メンチが呟いたとおり生半可な気持ちで最終試験に臨んでいる者など誰一人としていないのだ。「まいった」などと、誰が言おうか。
 だがハンゾーは最後の最後で見出してしまったらしい。ゴンの底知れぬ目の色に。それは善ではなく、悪でもなく。ただハンターになるという彼の中での確定事項が発した光。

(本当に、危うい)

 誰かがこの先口にする言葉をは心中で呟く。危うい。確かに危うい。
 ハンゾーは腕に仕込んだ短刀をゴンの額に突き付けていたが、ついに根負けしたのかそれを引いた。「まいった」と、今の彼にとってどんな言葉より重いはずのそれを、そうと感じさせることなく告げる。もちろんゴンは呆然としたし、やヒソカ、ギタラクル以外の受験生と一部の試験官たちは唖然とした。
 ゴンを殴った後に「こいつに『まいった』と言わせる術が思いつかない」と言ったハンゾーには内心で何度も頷く。ゴンは強い信念で以って決めたことは絶対に曲げない。

 ――そう、それが善いことであっても、悪しきことであっても。

 キルアがハンゾーの言葉に対し反論していたが(曰く「アンタなら殺さずに『まいった』って言わせる方法くらい心得てるんじゃないの?」)、ハンゾーはそれに対し「あいつが気に入った」と、そう口にした。

 危うさは人を惹きつけてやまない。
 彼は、ゴンは人を惹き付けてやまない。
 その純粋さが、その強さが、その危うさが、全てが人を魅了して限りない。



69.
 ハンゾーとの決着に納得がいかないと駄々をこねて結果ハンゾー本人にアッパーカットをくらわされたゴンは別室に移動された。おそらく明日まで起きないだろう。景気よく宙に舞っていたから。

「それでは第二試合を始めたいと思いますが、よろしいですか?」
「オレは大丈夫だ」
「私も大丈夫です」

 両者向き合い、ハンゾーはそこにきてやっとの存在を知ったようだった。一瞬だけ目が見開かれ、そのあとに「やっぱりな」という声が降りた。やはりとは何かとが尋ねたところ、第三次試験をあれだけ早くクリアしていれば大体予想つくだろうがよ、と笑いながら、しかし声は真剣なままで彼は答えた。

「一つ聞いておく。お前は強いのか?」
「どうなんだろうね。少なくとも死なないとは思うけど」
「そりゃ殺したらオレが不合格だからな」
「確かに」

 あははとは笑う。この状況下で笑える自分にもビックリしたが、それ以上にハンゾーの視線の鋭さに驚いた。自分は彼に何かしただろうか。トランプに誘ったことぐらいしか記憶にないのだが。

「お前さ」

 ハンゾーは言う。

「一度も実力見せてないだろ。この試験の間中、ずっと」
「そうだったかな」
「一次試験はお前の姿を見る余裕なんてなかったから知らないけどな、第二次試験、お前だろ?たった一人の合格者って。クモワシの卵取りに行かずにココにいるのはお前だけだぜ。第三次試験はヒソカに付いて行ったらクリアしたとか言ってたし、オレもそうだろうと思うし、第四次試験はそこにいるキルアのおこぼれじゃねーか」
「……そうだね」
「………もう一度聞く。お前は強いのか?お前は、何なんだ?」

 は苦笑する。苦笑して、審判に目で開始の合図を促す。

「――始め!!!」
「……私にも分からないんだ、それは」

 右手に意識を集中させた。



70.
 ――場の空気が凍りつく。

「な……」

 二の句をつげずにいるハンゾーの背中に、は細身の剣を突きつけていた。

 開始の合図と同時には右手の紋章を発動させた。宿主の意のままに力を発揮するそれは寸分の狂いもなくの望み通りの効果を示した。剣の具現化。そしてハンゾーの背後へのテレポート。
 その強大な力と引き換えに宿主の魔力を大量に消費するこの紋章は一度だって期待を裏切ったことはない。

「お、前…………何を、した?」
「……さあ」
「………お前は」

 チャ、とは剣を下ろす。これが正しかったなんて思わない。はっきり言ってフェアとは程遠い。実力主義の戦場や戦闘中ならまだしもこれは試験だ。
 「まいった」と言おうとが口を開いたとき、ハンゾーの声が静かに響いた。

「……まいった」

 は目を見開く。ハンゾーは神妙な顔つきでを見た。何か言いたげに口を開き、そして閉じる。は俯く。本来喜ぶべきところであるのは分かりきっているが、それでも、心がついていかなかった。
 ポン、と頭を叩かれる。驚いて叩いた張本人を見上げるとハンゾーが困ったように笑っていた。

「悪ィ」



71.
 レオリオとクラピカが驚きに目を見開いている。レオリオはともかく、あの冷静なクラピカの表情を引き出したことに対し、自らのことではないのだが、キルアは少しばかりの優越感を抱いていた。

「あいつ……あんなに強かったのか……?」
「そんなふうには全く……いや、人を見かけで判断するのは軽率だったということだな」

 その言葉にますます嬉しくなる。何だろう、何故だろう、すごく得意な気持ちになる。

「当たり前じゃん。オレ、一回もに勝ったことねーもん」

 更なる驚きを見せた二人に対し、悪戯っぽく笑ってみせた。



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