54. 三次試験合格を告げる試験官の声がスピーカーから響いてくる。うっかりヒソカより先に出口を抜けてしまったために合格1番乗りの称号を手にしてしまったはようやく人心地のつく思いであった。所要時間は6時間17分。制限時間の12分の1強という恐ろしい記録である。ヒソカはに訊ねた。 「これから暇になるねえ。どうする?トランプでもするかい?」 はその言葉に少なからず驚く。ヒソカが誰かを誘うなど、彼いわく「青い果実」であるゴン以外には考えられなかったのだ。ヒソカを見れど彼は相変わらず笑みを絶やさぬ顔でそこに立っている。はしばし考えたのちその提案に乗ることにした。 これからの66時間近くを自分も暇をして過ごさなければならないのだ。ならば気晴らしでもしたい。 「二人だとあまり面白くないかもしれないけど」 「うーん……◆じゃあトランプタワーでもつくっておこうか。誰か来たらソイツを混ぜて大富豪でも☆」 「異議なし」 こうしてはたいまつの炎揺らめくほの暗い塔の一階で奇術師ヒソカとトランプタワーを作るという、ある意味貴重な体験をすることになったのだった。 55. は詰めていた息を吐く。目の前には先ほど自分が2時間かけて作り上げたトランプタワーがある。ヒソカなどはその間に6,7回ほど作っては崩しまた作っては再び崩していたが。何はともあれこうして出来上がったトランプタワーを見ていると少なからず感動を覚える。侮りがたし、トランプ。試験が終わったら真っ先にトランプを買おうとは決意した。 「あ、出来たんだ♪随分時間がかかったね」 「うん。土台作りに少し手間取った。なかなか感動ものだねこれは」 「そうだろ?というわけで、エイ★」 「!!!」 ヒソカは明るく言ってのトランプタワーを崩した。 56. 悲しみにくれるがもう一度トランプタワーを作り始めたとき、ゴウンという音と共に一つの扉が開いた。たちがクリアしてから3時間あまり。クリア時間としては10時間以内という、こちらも相当の快挙である。 扉から出てきた人物はやはりというか何というかカタカタカタと顔を震わせている人物、ギタラクルであった。ギタラクルはの姿を目にした瞬間に針を投げつける。しかし針はの結界に阻まれて呆気なく床に落ちた。それにヒソカは微かな興味を示すが、さして何を聞くでもなく視線をギタラクルのほうへと向けた。 「や◇キミもクリアしたんだね。どうだい?トランプでもやらないかい♪」 ギタラクルはしばらくカタカタと音を立てたのちプツリと止ませ、とヒソカの座っている壁際まで歩み寄ってきた。「ふう」と呆れたようなため息をついてしゃがみ込む。 「珍しい光景だね。二人してトランプタワーを作っているなんて」 「二人だとトランプ遊戯も面白くないだろう?早めにクリアしてくれて良かったよ★さあババ抜きをやろうか」 「は?」 「イル……ギタラクル様。どうですか、ご一緒にされては。僭越ながらわたくしめも参加させていただきます」 「…………。………いいけどね、別に。暇だし」 「じゃあ配るよ♪ところではキミの何なんだい?見事な敬語っぷりだけど」 「ただの使用人だよ」 57. そのときハンゾーは精神を軽く彼岸まで飛ばしたという。 「はいアガリー★」 「申し訳ありません、ギタラクル様。わたくしもあがります」 「……6がジジだったわけ?」 「そうみたいだね◇」 塔の中をときに全力疾走してまで勝ち取りたかった合格一番乗りの座は、向こうでジジ抜きをしている三人組のうちの誰かに取られてしまったらしい。それはいい。自分の力が及ばなかった証拠だ。試験が終わって故郷へ戻ったら再び修行することにしよう。それよりも、そんなことよりも彼は今目の前に広がる光景にとてつもなく突っ込みたい気持ちでいっぱいだった。ギタラクルが人語を喋っていることも忘れてしまうほど突っ込みたい。 (どれだけ有り得ない組み合わせしてるんだよ!) (なんでトランプしてるんだよ!!) (ていうかジジ抜きかよ………!!!!そのメンバーでそれはショボいって!!!) そんな葛藤を己の心のうちに必死にとどめておくうちに、どうやら自分は三人の中でも比較的まともである(と思われる)人物の目に留まったらしい。トランプをまとめてヒソカに渡すとこちらへ走ってきた。 ハンゾーはこの人物が良く分からない。仮にも三次試験を3位以内の成績で突破した人物であることには違いないので警戒はするが、実際そこまで実力があるようには思えないのだ。何かに秀でている様子も見受けられない。走り寄ってくる様子を見てもそれは歴然としていた。 「ハンゾーさんですよね」 目の前の人物が己に尋ねる。「ああ」というとその人物は何か少し躊躇した後に口を開いた。 「トランプやりませんか?」 人数が多いほうが楽しいから、という相手の表情にはほんの少しの申し訳なさがある。きっとメンバーのことだろう(なにせヒソカとカタカタ男だ)。ハンゾーはクラリと揺れる頭を支えた。 するとその人物は小さな声で告げる。やはり申し訳なさそうな声であったが。 「……殺されはしないと思います」 「…………そうか」 それを聞いた瞬間、ハンゾーは目の前の人物を少しだけ哀れに思った。 58. 合格者たちは語る。「あれはある意味で地獄の光景だった」と。 「よっしゃオレ上がり!大富豪ゲーット!!!」 「ハイ、ボクもアガリ。富豪ゲット★」 「よかった。平民だ……」 「………カタカタカタカタ」 4人の中のある意味紅一点、マトモさから言っても紅一点の存在がホッと息をつく。異様な存在ツートップのヒソカとギタラクルがトランプをしている現状の中でその紅一点だけが受験生を現実につなぎ止めていると言っても過言ではない。もともとのノリの良さからか馴染んでいるハンゾーも今となってはある意味脅威だ。 「はいアガリ♪」 「くっそー……あそこで8切りしときゃよかった……」 「カタカタカタ」 「げ、お前二位かよ。ちくしょー、こうなったらとガチンコだ!」 「望むところだ。大貧民かけて勝負!」 ハンゾーはビシ、と紅一点を指差して高らかに宣言する。結局ハンゾーが大貧民になりその回のゲームは終わった。じゃあ今度は誰がトランプを配るか、と何のためらいも無くネクストステージへと上り詰めていくトランプ4人組の姿は塔内の雰囲気を一層殺伐としたものに変えた。 「うらっ!革命!」 「え、ちょ、待……。……あー…終わった……」 「カタカタカ………ガタガタガタガタガタ!!!」 「うおお!?なんだお前!!」 「『使用人の仇はオレがとる』だってさ◆」 「お前使用人なのか!?」 「うん」 いきなり激しく振動し始めたギタラクルに受験生は寿命が縮む思いだったという。 そんな受験生たちの思いをよそに、トランプの宴は最高潮に盛り上がっていく。 「少し仮眠とります。限界です」 「起きたらポーカーな」 「じゃあその次は神経衰弱☆」 「カタカタカタ………」 59. は腕のタイマーを見る。残り時間はあと1分半。そろそろゴンやキルアたちがその名の通り滑り込みでクリアしてくるころだろう。 宴もたけなわになった6時間前より今まで睡眠をとっていたため体は楽だ。そうでなくとも宴の途中途中で仮眠をいれていたので睡眠は十分に足りている。彼らがどの扉から出てくるのかは見当もつかないが、ベストな状態で迎えられることだけは確かである。 ゴゴ、と石のこすれる音を立てて扉が開いた。出てきたのはゴンとキルアとクラピカ。あとの二人もすぐに出てくるだろう。こうしてみると本当にギリギリだったのだな、とはしみじみ思い、自分が世話役として仕えている主の下へと行くことにした。 「クリアおめでとう」 何を言ったものか迷ったが、結局それだけを口にする。先ほど出てきたレオリオ含め4人はがここにいることのほうが信じられないようだった。皆驚いたような顔をする。もちろんキルアはすぐに納得の表情を見せたが。次に冷静になったクラピカが「ありがとう」と返す。 「キミも合格したのだな。おめでとう。……といってもまだ三次試験だが」 「ありがとう。そうだね、四次試験もあるから」 油断は禁物だと笑いながら言う。 試験終了を告げる声が塔内に木霊した。 60. 塔を出た先にはパイナップルもとい第三次試験官が待ち構えていた。四次試験をゼビル島という無人島で行うこと、それぞれクジを引き「狩る者・狩られる者」を決めること、ターゲットのプレート一枚もしくはそれ以外のプレート三枚を奪えば四次試験クリアであることなどを説明する。 くじ引きの順番はタワーを脱出した順番だというので自動的にが最初に引くことになる。前に進み出た瞬間に受験生たちの中にどよめきが起こったことはやはりと言うほかないだろう。視線の痛さを肌で感じながらはくじを引く。実力の順番というわけではないのでかなり後ろめたさを感じながら。 (198番……) 薄々感じていたことではあるが、どうもここに来てから自分の運が上がっているような気がしてならない。ただしスラム街に捨てられたことや拘束されて流星街に放棄されたことを考えればプラスマイナスゼロなのかもしれない。しかしはこの時確かに自分の運の高さをありがたく思ったのだった。 確かターゲットはキルアの所に現れるはずである。そして自分の記憶が正しければ、ハンゾーがプレートを自分のターゲットのものと間違えて得てしまうのだ。ならば話は簡単である。自分がハンゾーのターゲットのプレートを得て彼と駆け引きをすればいいのだ。ハンゾーとて無駄に三人分のプレートをとるよりもターゲットのものを一枚取ったほうが体力温存の点から見ても良いはずであろう。 (サバイバル、苦手なんだけどなあ) ゾルディック家での経験により食用植物とそうでないものとの区別は出来るようになっているが、特にサバイバルに慣れたというわけではない。一抹の不安を抱えながらはスタートの準備をする。 「一番の方、スタート!」 61. 四次試験が始まって5時間。は早速挫折していた。長げえよ、なんだよ一週間って。と他の受験生の誰かがこぼしていた意味がようやく分かった。船酔いで半分意識が飛んだ状態だったのでそのときはさほど気にしなかったのだが何ともはや。 (ああ、そういえば私も狙われるのだったな) ふと気が付き、それではこんな無防備な姿を晒していては不味いだろうと考える。しかし気付いたところで自分に何ができるわけでもない。は半ば開き直って今夜の寝床を探すことにした。野宿は慣れている。というよりも一時期半年ほど屋外生活だった。 丁度良い感じに姿が隠れる場所を見つけた。木と背の高い草が自分の姿を隠してくれるところだ。明日はキルアを探そう。そうしてターゲットのプレートを手に入れよう。かなりセコイ手だが自分は落ちるわけには行かない。自分が落ちるのはキルアが落ちたときのみ。 それまでは、どうか、どうか。 (与えられたものの分だけでも) 62. キルアはいとも容易く見つけることが出来た。というのもキルア自身もを探していたらしいのだ。としては何故なのかと疑問に思いたいところなのだが、開口一番にキルアが言った言葉が全てを物語っていた。 「なあ。199番って誰だっけ?」 彼らしいと少々微笑ましく思いながらは自信のターゲットの番号札を見せる。「一つ違いかよ!」とキルアが言い、次いで「で、誰?」と疑問を再度口にした。 「三兄弟で受験していらした方々です。これといった特徴は覚えていないのですが、確か目の下に」 「ストップ」 の口に人差し指を近づけ、キルアは静止の言葉を口にした。その表情はいささか不満そうでもある。 「何で敬語なんだ?」 「ゴンたちはおりませんから」 「なんでゴンたちがいないと敬語なわけ?」 「それは」と言葉にしかけては口を噤んだ。キルアの瞳が。今までは彼のこんな瞳を一度しか見たことがない。鋭い目。ナイフよりももっとずっと鋭利な刃物。以前ゴトーにして見せた目と同じ――。 「やめろよ」 けれども声はとても苦しそうで、今にも泣き出してしまうのではないかと思ってしまうほど。 「……ごめんなさい」 そしてもまた、自身の浅はかさに、彼の心中に、………泣きたくなった。 back top next |