天球ディスターブ 4 「ね、ちゃん!次これ着てみて!」 「あのさ、ナナミちゃん」 「あっ!こっちの服も可愛い!それ着たら次これね〜!」 そう言ってナナミは、に大量の服を渡していく。 そのどれもがヒラヒラした、正に「女の子!」といった感じのもので、は何回目かのため息をついた。 横でが苦笑いをしている。 「弟の権限で止められないかな」 「あはは、無理ですよ」 朗らかに否定され、はまた心の中でため息をついた。 ここはバーバラが管理している倉庫。 の服を探しに、3人は此処へ来ていた。 だがこれでは何時までたっても服が決まらないと思ったは、適当に服を選んでナナミに言った。 「ナナミちゃん、私この服にするよ」 その辺にあったものを適当に取っただけなのだが、改めて見るとシンプルでいい感じだ。 あまり派手な色ではなく、何故だか心惹かれるものがこの服にはあった。 ナナミの方を見ると、不満そうな顔をして手に取った洋服を元の位置に戻していた。 「さて」 がに顔を向け、笑顔を浮かべて言った。 「さんは何処から来たんですか?故郷まで護衛をつけますから」 の顔が強張った。 ―――故郷? 「ないよ」 俯いて言った。 「え?え?どういうこと?」 ナナミが驚いて、のほうに駆け寄ってきた。 「そのままの意味だよ」とは顔を上げ、ナナミに向って言った。 「無いんだ、故郷」 遠すぎて帰れないんだ。 その言葉を口にしてしまわないように、は上を向いて言葉を飲み込んだ。 そう、よくよく考えたら、この世界に来た時点で自分の故郷は失われている。 紋章を宿した以上、帰ることは不可能に等しいと考えるべきだ。 この世界で生きていく術も分からない今、これからどうしたらいいのかすら分からない。 しかしそんな不安をよそに、は明るく微笑んでいた。 「じゃあ、この城に住みませんか?」 「え?」 「そうだよ!帰るとこないんでしょ?だったら此処に住んじゃいなよ!」 「でも私は戦えないし、出来ることなんて何もないよ」 紋章の力を使えばそれなりの戦力になるかもしれないが、如何せん使い方をまだ良く知らない。 しかしそれでもは笑っていた。 「大丈夫ですよ。此処には戦えない人もたくさんいます。出来ることはこれから探していけばいいんです」 「……うん、ありがとう」 分かっている。 多分これは特別なことではなく、彼らはきっとと同じ境遇の人に同じ言葉をかけるのだろう。 ――それでも。 やはり、嬉しくてたまらなかった。 とナナミは笑っていた。 先程選んだ服に袖を通す。 シンプルなので着やすく、ここの人々はどうやってあんなに複雑そうな服を着ているのだろうと考えてしまった。 ここは軍主――つまりの部屋である。 まだ新同盟軍が出来たばかりなので幾分殺風景ではあるが、それでもやはり、調度品等に気品を感じる。 部屋をぐるりと見回し、それから自分が今まで来ていた服に目を落とす。 血は、もうついていない。 興味本位で紋章の力を使ったら見事に消えてしまった。 こちらでは珍しい(らしい)服なので、おそらくもう着ることはないだろう。 服をもらった袋に入れ、部屋を出て大広間に向かう。 『僕が皆を集めて事情を話しておきますから、さんは着替えてから大広間に来てください』 と、が言ったからだ。 大広間の入り口のところに来ると案の定、見張りの兵が立っていた。 兜を目深に被っているのが妙に印象的な兵士だ。他の兵は兜など被っていない。 足を止めて、用件を言う。 「大広間に入らせてください」 「だめだ。許可がないと入れないことになっている」 「軍主の許可はあります」 「軍主の…?少し待て。確認してくる」 ここで疑わない辺り、あの兵も相当甘いな、と思う。 兵は律儀にもに確認を取りに大広間に入っていったあと、すぐに出てきた。 「確認が取れた。入っていいぞ」 「ありがとうございます。…少しは人を疑ったほうがいいと思いますよ」 言った後に兵士の表情が険しくなるのを感じて少し後悔した。 いつもそうだ。自分は一言多い。忠告をしたつもりが相手を怒らせてしまう。 後で謝っておこうと考え、大広間に歩を進めた。 が手招きをしている。 「結構早かったですね、さん」 少し高い段の上から、が言った。隣にはシュウらしき人物もいる。 「呼び捨てでいいのに。…まあいいか。事情、話してくれたの?」 「はい。……でも、まだ完全には…」 「いいよ、充分。ありがとう」 状況が状況なだけに、全員に納得してもらえるなどとは最初から思っていなかった。 皆のほうを見ると、見慣れた面子が勢ぞろいしている。ただし一方的にだが。 フリックにビクトールに、ルックまでいる。 目の保養になるなぁ、と一人悦に浸っているとトウタがの前まで進み出てきた。 「さん!敵じゃなかったんですね!!傷のほうは大丈夫ですか?」 「平気平気。もう血は止まってるし」 トウタは安心した表情を見せて、に向かって微笑んだ。 そのとき、シュウが「ゴホン」と一つ咳払いをして、の視線を自身に向けさせた。 そして先程の兵とは比べ物にならないほどの疑いのまなざしで、こちらを見る。 ――シュウも納得してない人なのか。 直感的にそう感じた。 「…単刀直入に言おう。俺は君のことに納得していない」 「そうみたいですね」 後ろで何人か頷いた人もいて、あまり歓迎されてはいないことが知れた。 「おいおいシュウさんよぉ。それはないんじゃねえか? の話だと、こいつにゃ帰る場所もないんだろう?そこまで疑う必要はないと思うがな」 ビクトールが前に出て異論を唱える。 まさか庇われるとは思っていなかったは驚いてビクトールを見た。 反対にフリックの方は何事か考える様子で腕を組み、こちらを見ている。 はシュウに向き直って言った。 「疑う疑わないはそちらの自由です。でも、こっちにも色々事情があるんですよ。 私はハイランド兵じゃないし、ここの人に危害は加えない。 それは約束します。だから、納得してくれませんか?」 「その言葉のどこに、信じるに足るものがある?」 一蹴された。 ここまで疑われると思っていなかったは、自分の中にもやもやしたものが込み上げるのを感じた。 人はそれを、「イライラ」と形容する。 は少し俯いた。 周りに――が泣いたとでも思っているのか――少々動揺が走る。 だが次の瞬間、はキッと顔を上げ、またシュウの方を向いた。 「この…若年寄!!!」 「わかっ…!?…何故そうなるんだ」 「何となく!私はハイランド兵でもなんでもないって言ってるのに!! 少しは信じてよ、この頑固者!」 周りは、突然軍師に暴言を振り撒き始めたについていけないのか、静まり返っている。 は慌てて止めようとするが、どうにも割って入ることが出来ずに立ち往生している。 「……疑うのは当然だろう。身元も分からないようなやつを信用できるか」 「身元で信用できるか決めるの? じゃあ、ハイランドから寝返った人がいても受け入れないつもり?」 「それは…。…それとこれとは別問題だろう」 「大して変わらないよ。だって、要は全部人の気持ちだけで決まるんだから。…ふーん、受け入れないんだ」 「貴様……っ!」 売り言葉に買い言葉。 シュウが耐えられなくなったように何かを言おうとすると、がそれを制した。 「シュウ。君が軍のことを考えて言ってくれてるのは分かります。でも、さんはハイランド兵じゃない。 巻き込まれただけなんです。…それを責めるのは間違ってます」 「ですが…!」 「…それに僕もナナミも、元はハイランドの人間ですよ。身元で疑われるなら、僕達も…でしょう?」 シュウは悔しそうに下を向く。 それを見たは、急に頭が冷えるのを感じた。 ―――また、一言…いや、二言も三言も多かった。 そう考えると、自分の言ったことが急に恥ずかしく思えてきた。 疑うのは当たり前ではないか。すぐに信じてくれると思うことが間違いなのだ。 はシュウの方に向かって歩き、目の前まで来ると足を止めた。 そして頭を下げた。 「ごめんなさい。言い過ぎました。疑うのは当然です」 周りはに注目する。 シュウも、驚いた表情でを見る。 「疑ってていい。信じてくれなんて言わない。だけど、この城においてください」 惨めで涙が出そうだ。 こんなに懇願する自分が、惨めでたまらない。 だけど、この世界に自分の居場所なんてなくて。 唯一、ここだけが受け入れてくれる可能性のあるところで。 「行くところだけは、本当に無いんです」 俯いて唇をかみ締めた。口の中に鉄の味が広がる。 シュウはため息を一つついた後、に向かって言った。 「…分かった。俺もさっきの非礼を詫びよう」 は驚きに顔を上げた。 そっぽを向いたシュウの横で、が微笑んでいる。 泣きたいのか笑いたいのか分からなかった。 「良かったね!ちゃん!」 「わっ!」 後ろからナナミが飛びついてきた。 バランスを崩しそうになるのを、必死でこらえる。 「ははは!お前度胸あるじゃねえか!あのシュウにあれだけ言うとはな!」 ビクトールがの頭を力任せに撫でるので、出かけていた涙は目の奥に消えた。 は見上げて言った。 「お世話になります」 「おう!」と、ビクトールが豪快に笑って言った。 広間にいる人間のほとんどが未だ険しい目で自分を見ていたことに、今は気付きたくなかった。 --------------- 2006.4.29加筆修正 back top next |