天球ディスターブ 25 寝て起きたら、風の噂にキバ将軍とクラウス軍師が仲間になったと聞いた。 場に居合わせられなかったことを残念に思いつつも、頭の中はレオンの言葉でいっぱいだった。 ――奇襲。 それが何を意味するのか、にも分かっている。 ルカの夜襲で憔悴した同盟軍を討つという二段構えの攻撃。 は自室のベッドに背中からダイブし、天井を仰ぐ。 ――ずれてきている。 自分の知る展開と、少しずつ。 どうしてなのかは分からない。自分がここにいるせいなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。 願わくば最悪の結果にはならぬようにと、思えても防ぐには情報も人脈もなく。 いつまでも自室で暗くなっていては仕方がないので、外に出て散歩をすることにした。 気分転換をするのにも丁度いいだろう。 洗濯場のヨシノに挨拶をし、居合わせたヒルダと雑談をする。 城の周りをグルリと一周して、門のところに来た。 これからの展開はどうだったかなどと、この世界の人にとっては失礼なことを考える。 最初こそその思考に抵抗があったものの、今はどうでもいい。 ――否、少し疲れているだけだ。 「あ、ねえ君、ちょっといい?」 不意に声をかけられる。 声のしたほうに振り向くと、黄色がかかった短髪の青年が目に入った。 誰だったかすぐには思い出せない。 「こんなとこで一人でいないでさ、俺とお茶しない?」 「はあ」 わけが分からず、曖昧に返事をする。 青年は途端に笑顔になり、の手を取ると歩き出した。 「え、あの?」 「この近くだとクスクス…いや、サウスウィンドウかな?あ、この城にレストランってある?」 「ありますけど」 「じゃ、そこ行こう!」 ここまでされてやっと、この人物はシーナではないかとの考えが浮かぶ。 半ば強引にはレストランに行くこととなった。 「んー、俺はコーヒー。君は?」 「何でもいいです」 「そう?んじゃ、このケーキセットなんかどう?」 「あ、はい」 「決定!…すみませーん」 さすがに遊び慣れているな、と思う。初対面でここまでリードができる人を見たことがない。 というよりも、今更だがこれは「ナンパ」というものなのだろうか。 あまり華のない自分を誘ったところを見ると、顔は普通であればいいらしい。 メニューをめくる手も仕種もどことなく様になっているのは育ちゆえなのだろうか。 「そういえば、自己紹介してなかったっけ。俺はシーナ。君は?」 「です。あの、この城の人じゃありませんよね。どこから来たんですか?」 少々無理があるように思えたが、強引に問いかけてみる。 「ん?ちょっとね。ここに知り合いがいるって聞いたもんだから、放浪…いや、旅のついでに会いに来たんだ」 「知り合い?」 「知らないかなあ。アイツ結構目立つんだけど。顔は良いのに仏頂面の性悪魔法使いってんで」 「顔が良い、仏頂面、魔法使い」 どれもこれも聞き覚えがある。 まさかとは思うのだが。 「そ。ルックっていうんだけど。知ってる?」 シーナがそう言った途端、レストランのたちの席の周りにのみ冷風が吹き荒れた。 「うわっ、何だこれ!寒!」 驚くシーナの後ろに人影が二つ。 の位置からはよく見える。ルックとだ。 シーナは気付いていない。 「…歩く女性探知機の君に言われたくないね」 「あはは、変わってないなー、シーナ」 「る、ルックに!?」 とシーナは向かい合って座っているので、ルックとはシーナとの両隣に座る。 あからさまに睨むルックと、微笑みながら威圧するのプレッシャーにシーナは冷や汗を流している。 一人安全圏であるとはいえ、あまりにもシーナが不憫になってきたのでは助け舟を出そうとする。 だが、助け舟とはどうすればいいのかわからない。とりあえず適当に言葉を作る。 「ルックともお茶しにきたの?」 少し空気が和らいだことに安堵する。 ルックは不機嫌な表情を隠そうともせずに顔を向ける。 「とても嫌な気配がしたから確かめに来たんだよ」 「僕はさっきからそこでお茶飲んでたけどね」 にこやかにが続ける。 「さて、それでどこぞのシーナ君はどうしてここに来たのかな?」 「え?」 「まさか『誰かに会いに来た』だけとか、『ナンパしにきた』だけとかじゃないだろうね」 ルックとの尋問にシーナはたじろぐ。 しかもルックの指摘はかなり的を得ているらしく、必死で理由を考えているのが良く分かる。 だが運よく理由が思い浮かんだらしく、先程とは一転して笑顔で口を開く。 「そ、そうだ!俺さ、トランの大統領の息子じゃん?協定結べたら結構戦況もよくなるよな?」 「ああ、それで来たの?君にしては考えたね」 胡散臭そうな表情のルックが言う。 「じゃあ大広間にでも行こうか。橋渡しは君だからね」 「……え」 「いやとは言わせないよ」 どこまでも哀れなシーナに、合掌。 大広間では丁度、シュウやアップル、テレーズ、フリックらが「兵を増やしてはどうか」との話し合いをしていた。 戦争がより大きくなるにつれ、同盟軍も、それを迎え撃つ王国軍も、その規模を拡大させていくからだ。 王国軍の場合は城下から徴兵するなどして増員することができる。兵は『国民』だからだ。 しかし同盟軍はそれができない。兵は『義勇兵』であり、それは本人の意思によるものだからである。 だからもしトラン共和国との同盟協定が結ばれれば同盟軍の規模は飛躍的に拡大する。 シーナがシュウに訪問理由の説明――実際それは後付けのものだが――するのを横目で見て、 は自分なりに分析した結果を心中で反芻した。 フリックがいることに少々複雑な思いだったりもするが、それはそれ、今は協定の方が大事だ。 説明し終えたシーナが一息つくと同時に、シュウは眉間にしわを寄せた。 「お前が大統領の息子であるという証拠がないだろう」 「ひっでー!俺、本当に息子だって!ほら、ここに解放軍リー…」 ゴス、と鈍い音が響いた。 「ああ。ごめん、シーナ。つい手が滑っちゃって」 が昆を投げつけた…もとい、手を滑らせて投げてしまったらしい。 シーナは脂汗を出しながらフリックに証拠を求めた。 フリックの方もまた冷や汗をかきながら頷く。シュウの疑いは渋々ながら晴れたようだった。 隣のルックが小さくため息をついた。 話はどんどん進む。 なにぶん決断力がとてつもなく高いシュウのことなので、あっという間に少人数パーティー編成まで来た。 メンバーは・ナナミ・フリック・ビクトール・ルック・、同行者にシーナ。 しかしここで問題が発生した。 「ちゃんは行かないの?」 とシーナが言い出し、がそれに頷くと、あからさまに落胆したような表情になったのだ。 「えー。可愛い子はいっぱいいたほうがいいって!なあ、ちゃんも同行者で行かない?俺が守るから」 「可愛い、は違うと思う」 どこか論点のずれた答えを返してしまった。混乱気味なのだろうか。 彼にはどこまでも驚かされる。 周りを見るとやルックやシュウ、それにリュウは変わらない表情なのだが、 ナナミが複雑そうな顔をしているしビクトールは心配しているし、フリックに至っては明らかに迷惑そうだ。 それはある意味で仕方の無いことでもあるのだが、慣れてきたとはいえ、流石に辛いものがある。 「シーナ。戦闘能力がないやつを連れて行くのは、皆の危険が増すってことなんだぞ」 フリックがシーナを諌める。が、彼は諦めない。 「別に、俺が守るって言ってるんだから、いいだろ?」 「お前の危険が増すだけだろうが」 「別に、トランまでの道は俺も通ってきたし、全く知らないって訳じゃないし。守れるよ」 「そういうことを簡単に口にするもんじゃない」 だんだん場の雰囲気が険悪になっていく。 自分のことを守ってくれるというシーナの言葉は嬉しい。 嬉しいが、そのせいで彼の立場が悪くなるのは申し訳ない。 はそれを伝える。 「危険は少ない方が良いですよ。私は残ります。すみません、シーナさん」 「えー…」 本当に残念そうな顔をされ、どうしたらいいのか分からなくなる。 不意に、肩に誰かの手が置かれた。 「じゃあ、僕もをカバーするよ。それならシーナの危険性も減るしね。どう?」 だった。 フリックは言葉を詰まらせる。 ――とて、フリックの心情を全く理解していない訳ではない。 不安要素は一つでも少しでも減らしていたほうが安全性は高いに決まっている。 だからこその少人数でもあるのだ。 そして、これは確信ではないし確証もないことだが、彼は――。 そう思ったところで、の言葉がを引き戻した。 「がいなかったらシーナは満足しないんだろう?僕もがいたら嬉しいし。これで解決だよね」 「………分かった。お前がそう言うのなら大丈夫だろう。はどうだ?いいのか?」 「あ、はい。僕も構いません。というか僕もさんを守」 「!じゃあ早く準備しよ!」 の言葉はナナミの言葉に消されて聞こえなかった。 未だ呆然とするに、が小さな声で言う。 「まあ、これでフリックも納得するしかないだろうね。はどうしたい?守られたい?」 守られたいか、なんて、答えは決まっている。 何のためにこの紋章がここまで強力であるというのか。 「大丈夫。自分の身は自分で守れるよ。迷惑はかけない。…なるべく」 体力が尽きたらごめんなさい。 トランへ行くにはバナーの村を経由しなければならない。 外交上の問題から、テレポートで行くことはできないのだ。 以前トランへ行ったことがあるというフリードが案内をかって出たが、 それでは大所帯になってしまうので、シーナが案内役を兼ねることになった。 ラダトの街で船に乗り、川を下ってバナーの村へ行く。 周辺の街々の様子見も兼ねて敢えてラダトまでのテレポートはしなかったため、 この次点で既に一週間以上経って疲労はピークに達し、ドーピングともいえる回復魔法を使用した。 もちろんこっそりと。 休憩のためバナーの村で一泊してからトランに行くということになり、早速宿屋を捜して部屋を3つとる。 「顔色がやばいよ」 が宿帳に署名するのを眺めながら壁にもたれかかっていたら、ルックに指摘された。 つい反射で頬に触れてみるものの、鏡も何もないので自分の顔色は分からない。 ルックは溜息をつく。 そしておもむろに右手をの額にあてた。 ルックの目が閉じられる。触れた右手が熱を持ち、かすかに光が漏れた。 ゆっくりと気だるさが引いていくのが分かった。 「…帰ってから、もう少し体力をつけといたほうがいいよ、君は」 「ごめん、ありがとう」 何だかとても申し訳なくなった。 宿帳を書き終えたらしいたちが部屋に向かうのを見て、ルックとも歩き出した。 ナナミと同室だったのだが、自分も彼女も何処か無理して会話しているようで、結局最後は無言になった。 山道は特に強い敵が出るというわけではないらしく、皆軽く敵を倒していた。 塵になっていく敵を見るのにも慣れ、複雑な心境にはなるものの、特に悲しくなりはしなかった。 に貰った、ズボンにシャツにマントという、とても動きやすい服をとてもありがたく思う。 道はデコボコだったり縄梯子を上らなければいけなかったりと険しかったが、何とか乗り越えた。 トランへの関所が見えてきた辺りでふと気付く。 そういえばこの山道にはワームという強い敵――いわゆる中ボスがいなかったか、と。 「出なかったのはありがたいか」 そして勝手に結論付けた。 関所のバルカス(だったか)がを見たときの慌て振りはなかなか面白かった。 とナナミが頭にクエスチョンマークを浮かべていたがそれは仕方の無いことだ。 あとはセオリー通りに大統領レパントに謁見し、協定を結ぶだけだ。 しかしが城に入ることを拒み、ルックも面倒くさいからとそれに便乗した。 はやフリックたちと違い、軍の主要メンバーではないので城に入るのも気が引けて、結局残った。 グレッグミンスターの美しい町並みをルックとと共に噴水前のベンチに座って眺める。 活気溢れる人々の様子をじっと見つめる。 が口を開いた。 「こういう場合って、うちに泊めるべきかな…」 はから実家のことを何も聞いていないので、ボロを出さないように注意を払いながら返答する。 「ここっての故郷?」 「うん。言ってなかったね」 「家はどこ?」 「あれ」 そう言ってが指差す方向には、ひときわ大きな家が見える。 さすがは大貴族、といった感じだ。 「大きい」 「うん、貴族だったから」 嫌味なく言えるのはの特徴だと思う。 ルックが不機嫌そうに声をかけた。 「じゃあ、さっさと家人に挨拶でもしてきたら?放蕩息子」 「息子っていうか、当主なんだけど」 「どっちでもいいよ」 はいはい、とは苦笑して家へ向かう。 もしも解放戦争以来一度も帰っていないのであればとても驚かれるだろう。 彼の付き人の作るシチューが食べられるのだろうか。 そんなことを考える。 「表情筋が緩んでるよ」 正直に、にやけていると言ってくれて構わないのだが。 暫くすると謁見も終わったらしく、シーナ以外のメンバーが噴水前に集まった。 シーナはというと、レパント大統領直々の特訓の予定が入ったらしい。 丁度も戻って来て、皆を家に泊めることを告げる。 家を見て驚いていたのは、やはりナナミとリュウだった。 内装も非常に整っていて、正直なところ、内装に一番驚いていたのは自分なのではないかとは思う。 「坊ちゃんも、もう少し早く帰ってきてくださればよかったのに。むさくるしい男と二人で疲れましたよ」 「おいおいクレオ。俺は別にむさくるしくは…」 「ないって言えるのかい?」 「う……」 家、というよりも館の住人が交わす会話が酷く微笑ましかった。 だが、彼は――グレミオはどうなっているのだろう。 彼なら真っ先にを出迎えるだろうに。 一人気後れして、未だに扉の前に立ったままのをが振り返る。 「夕食までまだ時間がありますし、先に部屋に案内します。散歩に行くのもいいと思いますよ」 クレオが皆にそう勧める。 はの近くにやってきて、 「少し散歩しない?」 と言った。断る理由もないのでは頷いた。 グレッグミンスターの町をに案内してもらう。 「あれが紋章屋で、あれが道具屋。こんなもんかな」 一通り教えてもらい、そしてまた噴水前に来る。 ベンチに座って空を見上げた。太陽が鮮やかに燃えている。 ふう、とかすかな溜息が聞こえて、はの方を見る。 は苦笑した。 「ああ、ごめん。散歩が退屈だったとか、そういうのじゃないんだ。ただ、帰ってきたんだと思うと感慨深くて」 「うん。なんとなく分かる」 「そう?ありがとう。僕の場合、いい思い出ばかりじゃなかったけど、やっぱりここは僕の故郷だから」 そういうとは少しだけ目線を下に下げた。 「………ごめん、今から言うことは忘れてほしい。何だか思ったよりも参ってるみたいだ」 「うん」 そう言って俯く姿は本当に参っているようで、 彼にとってここに帰ってくることは相当なものらしいことが見て取れた。 では何故帰ってきたのか。――それはには分からない。 けじめなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。 ただ今は、黙っての話を聞くべきだと、そう思った。 「……僕は、解放軍のリーダーだった。何でリーダーになったのか、今じゃ覚えてないんだけどね。 普通に生まれて、貴族として育って、親友もいて、家族も温かかった。 それが、ある日突然壊れた」 はそこで一度言葉を切り、空を見上げた。 手袋を取って、紋章をかざす。 「この紋章はもともと親友の、テッドのものだったんだ。だけど狙われていたらしくて、彼は僕に紋章を託した。 奪わせまいとしたんだ。でもテッドはそのせいで……多分、僕のせいで命を落とした」 手袋をはめ直して立ち上がる。 「僕には付き人がいた。母さんは僕が生まれてすぐに亡くなったらしくて、その人が僕の母親代わりだった。 でも、解放戦争で僕は自分の母親代わりも危険に晒した。 危ない目に遭わせて、悲しませて、その挙句――」 そしての方を振り返り、自嘲のような笑みを浮かべた。 「ここにいると嫌でもそのときの記憶が僕を苛む。それが耐えられなくて旅に出た。 戦争で得たものも確かにあったけれど、それは『リーダー』として得たもので―― 『僕』が守りたかったものは全部失ってしまった」 ああ、彼は。 「何が悪くて何がいけなかったのか、今でも分からない。 何も失わずにすんだ道はあったんだろうか。その道を選んでいれば、今でも僕の傍にあったのだろうか。 ―――親友も、何もかも、全て」 彼は今も、囚われている。 --------------- 2004.8.30 2006.8.19加筆修正 back top next |