10. この気持ちを、どう表現すれば良いのだろう。 「例えるなら靴の底にひっついたガム、もしくは手に付いた松の樹液か」 亜紀人と咢を送った帰り道で私は呟いた。 「訳わかんねえ例えだな」 「こういう言葉は好きではないんですけど、要するに『ウザったい』ということです」 目の前に数人の男性らしき影を確認。横にもいる。後ろは確認していない。 先程まで長ったらしく何かを熱弁していたのだが、要するに私のエア・トレックを狙ってきたらしい。 このエア・トレックはそんなにレアなのだろうかと考えさせられてしまう。 「俺たちは別に、アンタに危害を加えるつもりはねえのさ。そのエア・トレックさえ渡してくれれば」 「嫌です。エア・トレック高いから」 宝くじで稼いだ金はまだ1%も使えていないのだけれど、貧乏性ゆえ、高い買い物はあまりしたくないのだ。 それにこのエア・トレックほどシンプルなものを見たことがないので、意外と気に入っている。 「しょうがねえ。力ずくで行くぜ」 「それも嫌だ」 私のささやかな抗議は聞き入れられなかったようだ。 男達は一斉に突っ込んでくる。 何処かで見た光景だ。 「…ああ、スカルセイダースか」 確か彼らも同じような攻撃をしていた。 そうと気付けば話は早い。私は以前のようにジャンプをして彼らの中心から抜け出す。 そして一人ずつ殴って沈めていった。(たまに蹴った) 最近、自分の力が恐ろしい。役に立つので怖いと思うことはないのだけれど。 「何だコイツ…!?」 「いや、何だと言われても。ただの人間ですとしか」 「くそっ!引き上げるぞ!」 彼らの去る背中を見つめ、私はエア・トレックに視線を落とした。 狙われないようにデコレーションでもしてカムフラージュしておこうか。 実に一週間ぶりの学校だ。 自分の机に線香が飾られていやしないかと心配だったのだが杞憂に終わった。 それでも弥生と絵美理がこちらを見ては視線を逸らすのがとても悲しく寂しい。自分で蒔いた種だけれど。 南樹は机の状態を気にした風もなく、美鞍葛馬とオニギリと話していた。 聞き耳を立ててみる。どうやらパーツ・ウォウの話らしい。 とすると、そろそろ夜王登場ということか。 一度姿を見ておこうかなどと考えていると、南樹と美鞍葛馬とオニギリが興奮した様子で教室から出て行った。 知らない女子と弥生と絵美理が黒板に落書きをし始めた。 『ションベンガラスはウンコガラスにレベルが上がった』。やはりこういうのは慣れないな、と思う。 寂しさに耐えた放課後、『2年1組のさん。至急職員室まで来てください』とのアナウンスが流れる。 もしや半ストームライダー的なことをしているのがばれたのだろうか、と内心ビクビクしていたのだが、 何てことはない、オリハラ先生の雑用だった。(何かの冊子を職員室まで運ぶという) 学年トップを取り続けているせいなのか、私は先生方からの評判がとても良い。 トップは、取らないと高校生としてのプライドが崩れそうだから取っているだけなので、非常に複雑だ。 結局7時近くまでかかってしまい、オリハラ先生からジュースを奢ってもらって、私は帰ることにした。 校門を出たところで聞こえてきた、ガシャッというエア・トレックらしき音が印象的だった。 この日もストームライダー達に襲われた。もちろん返り討ちにした。 翌日も寂しかった。家庭科や理科の実験などの移動教室がなかったことが救いだろう。 美鞍葛馬とオニギリが朝に「よう」と声をかけてくれたのが嬉しかった。顔を覚えてくれたようだ。 クラスからはみ出す虚しさというものは簡単には慣れないもので、私は精一杯強がりながら窓の外を見る。 そうやって時間を持て余して、放課後を待つのだ。 カシャカシャと音を立て、ロックしたエア・トレックで私は帰り道をとぼとぼ歩く。 夜王が倒れれば、また絵美理と弥生と仲直りが出来るかもしれない。 しかし、それでもやはり寂しいものは寂しいのだ。私はそこまで強くできていない。 いつの間にか練習場所である河原に来ていた。 ロックを外して前輪に体重をかけて一気に加速させ、鉄橋の下の壁を目指す。 勢いを殺さずにエア・トレックを壁につけて、そのままの勢いで重力に逆らいながら滑走する。 エア・トレックが壁から離れると、私は一回転をして着地した。 「随分と荒れてるね」 後ろから声をかけられる。振り返ると坂東ミツルがいた。 「少し思うところがあったものですから。お久しぶりです、坂東さん。相変わらず神々しいデコチャリですね」 「ありがとう。久しぶり」 私は坂東ミツルに近づく。スカルセイダース以来、一度も会っていなかった。 「ウォールライドがすごくて驚いた。…どこか違うような気がするけど」 「壁登って落ちてるだけですしね。ウォールライドというより、ただの激突に近い気が」 「うん、そんなかんじだね」 「………肯定されるのも虚しいです。すみません、ウォールライド教えてくれませんか?」 「いいよ」 特に会話に花を咲かせるということもなく、私は坂東ミツルからウォールライドを教えてもらった。 壁に落ちる前に体を回転させれば、また壁が登れる、ということらしいが、これはやってみないと分からない。 改めてエア・トレックは「習うより慣れろ」なのだと思い知る。 壁登りをおおよそ体得する頃、空は漆黒に染まっていた。 星はなく、ただ、月だけが赤く輝いている。 坂東ミツルはとうに帰った。 私は暫く月を眺めていようと思い、河原に寝転がる。 絵美理と弥生のことを思って泣きそうになり、亜紀人と咢のことを思って心を静めた。 土日の休みをはさんで学校に行ったら、結構いろいろなものが変わっていた。 絵美理と弥生が南樹の机の落書きを消していたり、それに怒った女子が絵美理に花瓶の水をかけたり。 更に絵美理が花をその女子に突き刺して悲劇のヒロインを気取っていたり。 そんな光景が教室に入った途端に繰り広げられていたら、誰だって呟きたくなるだろう。 「……何事?」 私の呟きを弥生が聞きつけたらしく、振り返る。 目が合ってしまった。何となく気まずい。 「あ……」 「え?あ!」 弥生の言葉を絵美理が聞き、彼女もまた振り返って私を見る。 思わず、私は押し黙ってしまう。 絵美理と弥生は互いに目配せをして頷き、こちらへ歩いてきた。 逃げ出したい衝動と、逃げてはいけないという理性が相殺され、私は一歩も動けない。 私達は向き合った。 「―――っ、ゴメン!」 絵美理が勢い良く頭を下げる。 「ごめん、今まで無視して…。…その、ここじゃなんだから……場所変えて話したいんだけど、いい?」 どこに拒否する理由があろうか。私は頷き、二人の後についていった。 屋上への扉が見える階段の下にきた。 絵美理がおもむろに口を開く。 「は転入生で、しかも帰宅部だからしらないだろうけど、東中にはガンズの他に、夜王ってのがあるの」 「うん」 「ガンズは私らを守ってくれるけど、夜王は…夜王からは、ずっと脅されてて…お金も……」 「………」 「…怖かった。イッキ君のことだって、もうハブにする理由はないの。だけど……っ!」 「絵美理。あんたはそれ以上言うの止めたほうがいいよ。後は私が話すから」 「……うん。お願い、弥生」 半泣き状態の絵美理を気遣って、弥生が続きを引き継ぐ。 「このまえ、夜王に葛馬くんとオニギリがやられたの。目撃したし…もう、見て見ぬ不利は出来ないのよ」 「ああ、それで休みだったんだ」 正直なところ、私もその場にいたかったが、その時は河原でウォールライドの練習をしていた。無理だった。 デバガメ根性は素晴らしい、と思う。我ながら。 「だから、私らも戦うことにしたの。逃げちゃだめだから。それで……」 「うん?」 「本当にごめん、。今更こんなこと言うのは都合よすぎるって分かるけど…一緒に戦ってほしいの」 弥生はそう言って、私から視線を逸らした。後ろめたいらしい。 誤解は解けると「知って」いた私にとって、彼女達からの無視はさほどダメージを受けるものではなかった。 だから私は笑える。それこそ、今の彼女達にとっては「救い」に近いであろう笑顔で。 もしもこの世界の情報を知らなかったら、この状況で笑えはしないのだろう。 「もちろん」 言った途端、後ろからガン、という音が聞こえた。 さっき絵美理に花を生けられた女子の二人組みだ。 「戦うっつってもさ、無駄なの。あんたらの『南樹』が屋上で何してるか見てみなよ」 絵美理と弥生は顔をギクリと強張らせた。 少し躊躇うような仕種を見せ、屋上への階段を登っていく。 私は二人に声をかけた。 「絵美理、弥生、私帰るよ」 「え?」 「寝溜めしとく。夜になったら来るから。じゃあね」 手をヒラヒラと振って、私はその場を後にした。 途中で野山野リンゴとすれ違ったので会釈をしたら、訳が分からないとでも言いたげな表情をされた。 いい加減にうんざりもする。 どうして夜に外に出ると、こんなにも奇襲に遭うのか。 このエア・トレックのせいだということは理解しているのだけれども、如何せん手放す気はないので襲われる。 堂々巡りも甚だしい。 クラスで表すならおそらくFであろう。エア・トレックを上手く使いこなせない私が勝利しているのだから。 今日も学校に行くまでに何チームかを潰し(誤解を招く言い方だが、的を得ている)、やっとのことで着いた。 まるでエンカウント率の高いゲームのようだ。(エンカウント率とは、RPGにおいて敵に遭遇する確立のことだ) 最近ジーンズにゴーグルという服装がエア・トレックをするときの私の装備になっている。使い勝手がいい。 「とりあえず屋上にでも上がっとくか」 坂東ミツル直伝のウォールライドを試してみる。 落ちる寸前での壁に吸い付いたままの回転が少々難しかったが、練習を繰り返したおかげで何とかできた。 屋上に着地して、ゴーグルを外す。 「――珍しいですね。あなたみたいな人がEクラスのバトルに顔を出すなんて」 突如、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。 その声に知らない男性の声が答える。 「リンゴさんを深夜の散歩にお誘いしようかと」 驚いて辺りを見回すと、屋上への階段がある所の上に、野山野リンゴと男性が立っていた。 あの人がスピット・ファイアなのだろうか。 二人は会話を続ける。私は記憶にある台詞の数々に呆然と聞き入る。 「…ところで、そこのお嬢さんは誰なのかな?立ち聞きはいけないね」 その言葉にハっと我に返る。 笑みを浮かべた、おそらくスピット・ファイアであろう人物と、驚いた顔をした野山野リンゴが私を見下ろす。 「え、………さん?」 「……どうも」 この場合、私はどうすればいいのだろうか。 逃げる、誤魔化す、流す、どれも通用しなさそうだ。 野山野リンゴはかなり困惑しているらしく、目なんか渦巻きになってもおかしくないほどにワタワタしている。 「野山野さん、落ち着いて」 「落ち着くって言ったって、何でさんがここに…?」 「バトル観戦だけど」 「う……そっか。……ええと、さっきの話、もしかして聞いてた?」 「…ごめん」 明らかに落ち込む野山野リンゴを見ていると、私の良心が酷く痛む。 未だに微笑んだままのスピット・ファイア(もう確定だろう)が私の前に下りてくる。 「聞かれたものは仕様がない。さて、さっきの会話からどのくらい分かったのかな?」 分かったもなにも、大抵のことは既に知っているのだけれども。 先程の会話を思い出しつつ、私は適当に情報を作り出す。 「二人とも相当すごい人だということです」 「い、一番やっかいなとこ…」 野山野リンゴがさらに落ち込む。 暫くスピット・ファイアと、彼女の様子を観察してみる。 すると思い直したのか、キッと顔を上げて勢い良く目の前まで来た。驚いた。 そして私の目の前で手を合わせる。 「お願い!さっきのこと、誰にも言わないで!」 「さっき…?ああ、すごい人云々?」 「そう!」 私は思わず苦笑いをこぼした。 「もともと言うつもりはないよ。事情あるみたいだし。安心して」 そう言うと野山野リンゴは、いわゆる「花のような」笑顔を浮かべる。 スピット・ファイアの反応が気になるところだ。 「……」 横目で盗み見る。 相変わらず笑っていた。少々残念だ。 「へえ、福引きでエア・トレック当てたの?それってものすごい確立なんじゃない?」 「そうだね。自分でもそう思う」 外見上少女が二人してエア・トレックの話題に花を咲かす。 色気も何もない。 しかし「デコキング」ファンと「隠れソッチ系」がする話題はたかが知れているのかもしれない。 自分で思って哀しくなる。 だが話題に花を咲かせていても、そこはライダー。しっかりバトル観戦をしつつ、だ。 「女の子って器用だね…。いや、この二人が特別なのかな…」 スピット。ファイアが呆れとも感嘆ともつかないコメントをするが、それは流すとしよう。 野山野リンゴと顔を見合わせて笑った。 結構気が合うのかもしれない。気が合えたら嬉しいのだけれど、しかしそれは私には量りかねた。 南樹が校舎の窓を破った。 バトルを見ながら全然別の話題の会話をするという、何ともコメントし辛いことをやってのける。 「じゃあ、野山野さんは『眠りの森』の後継者ってことなんだね」 「うん、まあ…ね。あ、呼び捨てでいいよ、さん」 「了解。私のほうは好きに呼んでくれて構わないから。そういえば下の名前教えたっけ」 「ううん」 「だよ。」 「可愛い名前だね」 「リンゴには負けると思う、いや本気で」 とりあえずは、これで私がどこかで「リンゴ=眠りの森」の情報をうっかり口に出したとしても怪しまれない。 私はそこで会話に一区切りをつけ、バトル観戦に集中することにした。 南樹は様々な策を繰り出して御仏一茶を弄する。けれど、全くと言っていいほど効いていない。 止めを刺すかのように御仏一茶は告げる。 「もう、やめろよ」 そして屋上まで上がる。タイムロスなど、もはや彼には取るに足りないことなのだろう。 スピット・ファイアも同じような意味のことを口にする。 南樹は。 南樹は壁に激突し、落ちる。 この後の流れも何もかも知っているはずなのに、私はまるで「それ」を初めて見たかのように息を呑んだ。 「イッキ……ッ!!」 リンゴの叫びが耳に焼き付いて離れない。 --------------- ブッチャ編はわりとあっさり。(ていうか目的はリンゴと面識を持つことだったりします) 2004.8.28 back top next |