11. 肩をつかまれた。 スピット・ファイアが緩やかに首を横に振る。 「君は手出しをしてはいけない。これはバトルだ」 「……?…ああ」 意味が分からなかったが、自分の体勢を見て納得する。 私は南樹の元へ飛び出す寸前だったようだ。 「無意識…みたいだね」 「そうですね。自分でも驚きました」 冷静になった頭でバトルを観る。 南樹はポールを回転しながら登り、屋上に上がった。 野山野リンゴが安堵のため息をつくのが分かった。 「あれ、彼はいつの間に屋上に上がったんだい?」 「見てなかったんですか、スピット・ファイア…」 先ほどまでの心配の表情はどこへやら、野山野リンゴは呆れた声を出す。 「いや、この子を止めるほうに気が行ってしまってね」 「私のせいですか!?」 少々ショックを受ける。 野山野リンゴは苦笑を漏らし、さっきの展開をスピット・ファイアに説明する。 小難しいことは分からないが、とにかく南樹がアクシデントによってすごいトリックを発動させたらしい。 南樹は勢いに乗り、ラウンド・トラクション・ヒルを駆使して校舎の壁を垂直に下る。 これもあまりよく分からない。前輪と後輪のパーツが違うから云々、とスピット・ファイアが解説した。 「俺のラーメンが、テメーのトラップを狂わせた!」 南樹は勝利を確信した表情で告げる。 どうやら御仏一茶の体のサイズきっちりの最終コース対策に、彼の体をラーメンで太らせていたようだ。 しかし彼は、御仏一茶は笑う。 よく聞き取れないが、御仏一茶の体が急に細くなったのが見えた。 「な…!あの体、ほとんどが筋肉…!?」 野山野リンゴが驚愕の声を上げる。 南樹も同様に驚愕し、御仏一茶の名を叫ぶ。 「君は冷静なんだね」 「そっちこそ」 「もう少し取り乱すかと思ってたんだけど」 「うーん、さっきの落下未遂はさすがに取り乱しましたけどね」 私とスピット・ファイアは比較的冷静にバトルを見つめる。 否、私の場合、冷静という言葉は当てはまらない。 先の展開は知っているのに、心臓の鼓動が激しい。バトルを見ていると高揚する。 自分もその場に飛び出したくなる。それを抑えているから、冷静に見えるだけだ。 「1%の壁は、結構大きかったようだ」 「……っ」 野山野リンゴは少し息を呑み、そしてため息をついた。 そしてスピット・ファイアに向かって何事かをいい、エア・トレックを走らせて帰っていった。 少し泣いていたような気がしないでもない。 バトルは進む。 御仏一茶は狭いコースに自分が先に入ることで自らを壁とし、南樹を前に進ませない。 だが――― 「プレハブを動かすとはね…」 スピット・ファイアが感嘆の声を零す。 私は笑った。 「私もあそこに参戦してきます。クラスメート勢揃いみたいだし」 プレハブを御仏一茶が押し返し、押していた絵美理たちに夜王のメンバーが襲い掛かる。 しかし、美鞍葛馬やオニギリなどの他のクラスメートが加勢し、防いでいた。 「これは南樹と御仏一茶のバトル。絵美理たちの行動も夜王メンバーの行動も立派な策だけど、 それでいくのなら私も『南樹の策』の一部なのだろうし」 エア・トレックに体重を乗せて走らせる。校舎と校舎を飛び越え、プレハブに一番近い校舎から飛び降りる。 誰かがそれを見て悲鳴を上げるのが聞こえたが、今はそんなことよりも絵美理たちを守ることが優先だ。 プレハブに飛び乗り、夜王メンバーへ一足飛びで突撃をかます。 あとはいつもの奇襲のときのように一人ずつ確実に仕留めていくだけだ。 「!?アンタ、エア・トレックやってたの!?」 弥生が声を上げた。 その声に絵美理も振り向き、そして目を見開く。 「あとで説明するよ。今はプレハブ押してて!」 私はそう言って、襲ってきた夜王メンバーに手刀を落とす。 手刀で相手を昏倒させることができるのも、ひとえにこの怪力のおかげだ。 クラスの人とも協力して、あらかた沈めたところで声が降ってきた。 「…みなさんっ!元気ですかーっ!!」 南樹が勝利したようだ。 そのあとは流れ通りだった。 南樹と御仏一茶がワンハンドシェイクデスマッチを繰り広げたり、スピット・ファイアが現れたり。 そのあとにものすごい数のライダーも現れたのだが、本当に、いったいどこに隠れていたのだろうか。 そして、今の状況に至る。 「で!何がどーなって、はエア・トレックしてんの!?」 「…鬼気迫る表情が恐ろしいです、絵美理さん……。何がどうなって、というか、福引で当てただけで…」 「福引?福引の商品にエア・トレックだなんて、随分豪華じゃん」 「私もそう思ったんだけど、当たったもんは当たったんだし」 「んー…。じゃあ次!何ではあんなに強いの?喧嘩慣れしてる?」 「いやいやいや!これは、何というか説明が難しいんだけど…。気付いたら強かった?」 「何で疑問系?」 「うーん………」 クラスの皆はほとんど帰ったのだけれど、数人の生徒は残って私の尋問に加わっている。 数人というか、絵美理、弥生、イッキ、美鞍葛馬、オニギリの5人だけだけれど。 「気付いたらってことは、やっぱアレか?才能ってやつ」 美鞍葛馬が訊く。 「どうだろう。ここに越してくるまでは普通だったんだけど、こっちに来て急に強くなったから」 「空気がおいしいとか」 「いや、工場とかあるし、それはないと思う」 うーん、と顎に手を当てて美鞍葛馬は唸る。 話を傍観していた南樹が意見を発した。 「つーかさ、別に強いとか強くないとかはどうでもいいと思うぜ?重要なのはがライダーっつーことだけで。 なあ、いつからライダーだったんだ?」 「去年の秋くらいから」 「何!?じゃあスカル倒すとき協力してもらえばよかった!」 「私なりに協力したよ。南くん救出には間に合わなかったけど、女の子は助けたし」 「……ん?あ、もしかして俺を連れ帰ってくれた奴?」 「そうそう」 「あー、そっかそっか。あん時はありがとな!」 「いえいえ」 「……ちょっと。2人の世界を作らないでくれる?話が見えないんだけど」 絵美理が膨れっ面で会話を中断させた。 深くため息をついて、やれやれ、とでも言うように言葉を続ける。 「言ってくれなかったのはちょっと寂しかったけど、まあいいわ。今日はこれで勘弁してあげる」 「あはは、ありがと、絵美理」 「でも、危険なことに首突っ込まないでよ?見てて危なっかしいわ、あんた」 「…ぜ、善処します」 「ん、良し」 途中から苦笑しながら話を聞いていた美鞍葛馬がまとめる。 「じゃ、今日はこれで解散な。また明日!」 「なんでがついてくるんだ?」 「ええと、家、同じなんだけど」 「は?」 「野山野さんのアパートの離れに住んでるから」 「へ!?気付かなかったぞ!?」 「南くんとはあんまり会わなかったしね」 そう言うと南樹は変な顔をした。 「『南くん』とか呼ばなくていいよ。なんかよそよそしいしさ、イッキって呼べよ。皆もそう呼んでるし」 「い、イッキ?」 「そう!俺も、えーと…下の名前、何?」 「だけど…」 「俺もって呼ぶから、もイッキと呼べ!もしくはイッキ様!」 ビシ、と人差し指を私に突きつけて偉そうに言う南樹…イッキに、思わず笑みがこぼれる。 予想通り、イッキはまた変な顔をした。 「なに笑ってんだよ」 「いや、何となく」 アパートに着くまで、笑いが治まることはなかった。 夜は好きだ。 この街で星空が見えることは少ないけれど、月は見えるし、ネオンも煌めいている。 ただ、同時に怖くもある。夜に外に出ると必ず襲われるからだ。 私は回りに沈んでいるライダーたちを見回す。男女混合だ。 「なんで、狙うかのなあ」 このエア・トレックはそんなに珍しいのだろうか。 「……明日、手芸屋行ってデコレーションしてこよう」 次の日、家を出るとイッキがマグロを背負って登校しようとしていた。 「マグロ…!?」 「おう、。フッフッフ、これで仏茶の奴に八つ当たりするのだ!」 「八つ当たり?」 「エア・トレックがまだ直ってないのよ…」 遅れて玄関を出た野山野リンゴがため息をつきながら説明する。 ついでなので一緒に登校することになった。 「そういえばさん、ウチの学校ってエア・トレック禁止じゃなかった?」 私は自分の足元に視線を落とす。デコレーションはまだしていない。 「ああ、特別に許可してもらった。転入生の特権ってやつだね」 「何それ?」 「道に迷って遅刻するといけないから」 ふうん、と半信半疑の様子だ。 「あ、それから、できれば普段も名前で呼んでほしいな」 「名前?ちゃんって?」 「うん」 「じゃあ私のこともリンゴって呼んで!」 「うん!」 朝と昼は、光に満ちている。 夜は闇が支配している。 闇に紛れるライダーたちは夜を好む。私が襲われるのも大抵は夜だ。 しかし、手芸屋でビーズなどを買ってエア・トレックをデコレーションしたら襲われなくなった。何なのだ一体。 日々は平凡に過ぎて行く。 皆のことをあだ名で呼ぶことも許可された。 イッキが毒キノコをマツタケと思い込んだり、オニギリの彼女が仏茶に惚れてオニギリが無残に振られたり、 イッキと葛馬とオニギリが普段の素行の悪さから進級の危機に陥ったり。 そういうことも日常茶飯事になりつつあった。 それを崩したのは、ある日の朝刊だった。 『ストームライダーのチーム、スカルセイダースのリーダー、暴飛靴新法により逮捕』 彼らが動き出す。 --------------- 飛ばしすぎですかね…。一刻も早く咢たちを出したくて… 2004.9.9 back top next |