天球ディスターブ 38





何も言わなかった。

ナナミは今、医務室で治療を受けている。は医務室の扉の前に佇んでいる。

何も遺さなかった。

酷く狼狽していたのは自分だけで、とジョウイは駆けつけたフリックにナナミを頼むとゴルドーを倒した。

表情は無。蒼白の顔色。

自分はといえば動揺していたせいで満足に紋章を使うこともできず、震える手を傷口にかざすだけだった。

彼女は扉の向こうに消えていった。

扉に手を突き、それから額を少し強めに打ち付けた。本当ならばいくらでも強く打ち付けたいが、邪魔になろう。

―――無事でいてくれ。

体が小刻みに震える。熱がどんどん引いていく。怖い。怖い。また喪ってしまうかもしれないと思うと。


「ナナミ……」


行き過ぎた恐怖に涙すら流せず、はただ呟いた。






シュウが医務室に様子を見に来たとき、どうやら自分の顔色は相当なものだったらしい。

すぐさま兵を呼び寄せて部屋まで送られたのがいい証拠だ。扱いは思いのほか優しいものだった。

部屋には誰もいなかった。アルベルトとシーザーはどこかに行っているらしい。どこかは知らない。

クイーンサイズのベッドの存在が疎ましい。部屋が圧迫されている。の心臓も圧迫されてしまいそうだ。

些か乱暴に靴――形状は短いブーツのようなものだが――を脱ぐとベッドに乗る。

ベッドに隣接している壁に背を預けて膝を抱えてうずくまった。


「………」


考えるのはナナミの安否。


「………」


思考に上るのは彼女の笑顔と冷たさと温かさ。


「………」


悔いるのは自分の情けなさ。もっとしっかりしていれば。もっと紋章を使いこなせていれば。

――本当に?

自分がもっとしっかりしていてもっと紋章を使いこなせていたら、ナナミは――?

――わからない。

たとえしっかりしていても防げたかどうかわからない。不意をつかれたら自分ごときの反射神経では無理だ。

紋章にしたっての心一つで動くのだから、使いこなせるこなせないの問題ではないような気がする。


「……生きて」


生きているのか。生きられるのか。どうか生きて欲しい。

それだけが今のの心だった。思考はそれに関連したことばかりを繰り返す。だから気付かない。

一陣の風がの髪を揺らした。









呼ばれて、はゆるゆると思考を浮上させる。

ゆっくりと顔を上げて目の前にいる人物を見た。

緑色の法衣に色素の薄い髪の―――


「…ルック」


彼の表情は平常よりも少しだけ険しかった。

ルックはそれを崩すことなくに伝える。


「シュウからの伝言だよ。――明日、ルルノイエに総攻撃をかけることになる。

には本体を離れ、別働隊としてやってもらうことがあるので部屋までくるように。………」


はそれをほぼ無表情で聞いた。別働隊だということにもさして関心はない。

明日、とぽつりと呟いて、シュウの部屋へ行こうと、やけに重たい体を動かした。

ルックはベッド脇に立っている。は半ば這うようにしてベッドの縁まで行き、腰掛けて靴を履いた。


「ねえ」


苛立ちの色を含んだ――しかし心地よい声がかかる。

思うように働かないくせに「苛立ち」だけは目聡く見つける耳と頭に少々憤慨しながら振り向いた。

内心怯えていた。人の苛立ちは苦手だ。ましてやそれが自分に向けられたものなら尚更。


「……アンタは、いつまでそんな状態でいるつもり?」

「?」

「見ていて苛々する。どうしてアンタは……ああ、もう!」


ルックは乱暴にの手を掴むと引き寄せた。

腰に手を置かれたことを感知すると同時に、覚えのある浮遊感がを包んだ。










――まだ、戦闘は続いていた。

ロックアックスの旗はとっくに燃やされているが、少なからず、いわゆる「忠臣」という存在はいたらしい。

最後の抵抗とばかりに体当たりで同盟軍とぶつかっている。

あちこちから煙が上がっている。剣と剣のぶつかり合う音が響く。兵士たちの叫びが聞こえる。

それをとルックは見ていた。戦場に最も近いであろう林の中で。

――つらい。

今、戦場を見るのはつらい。剣を見るのはつらい。矢を見るのはつらい。――ナナミを思い出す。

無意識的に目を逸らそうとする。しかし、それは止められた。

背後に立つルックが肩を強く掴んで目線を強制的に前に向けさせた。


「――ちゃんと見て」

「ルック」

「前を見て。まだ、終わってないんだ。続いてるんだよ」

「ナナミが」

「……ナナミはまだ死んでない。まるで死んだみたいな顔をして、殻に篭って――何してるんだよ」


声は静かな怒りに満ちている。

自分がルックを怒らせている事実に泣きそうになった。だが、言葉は軌道から逸れたまま。


「私、その場にいたのに」

「目を逸らさないで。今ここで逸らしたら、…守護者の重責には耐えられない。見て、ちゃんと見て」

「その場にいたんだ」

「…


ルックの腕が前にまわされる。後ろから抱きしめられる形になって、益々泣きそうになった。


「いたのに何も…!」

「………」



突然体が回転し、少年の顔が目前に現れる。

パァン、と、乾いた音が響いた。



急激に頭が冷めていく感じがした。

の目は驚きに見開かれていて、その右頬は薄っすらと赤い。

おそるおそる頬に手をやって、はやっと自分の状態を知った。


「…私、何して……」


呟くと同時に自分の所業が思い出される。ナナミの怪我に酷くショックを受けて、それから――

頭は冷めすぎて、顔はもはや自分の行いに対する自己嫌悪で蒼白だ。


「何を……」

「…まったく、世話の焼ける」


自分は混乱していた。それは認めよう。そしてそこから、すぐに立ち直れば良かったのだ。

医者でない自分に何が出来るとも思わない。紋章も、どうせナナミを目の前にすると動揺して使えなくなる。

だから、だからこそ戦争が一刻も早く終結するように動くべきだと――分かってはいたのに。

自分は何だ。何をした。混乱してから、どうなっていた。


「あ…」


――今までずっと、混乱していた。

ルックがそっと肩に手を乗せて、の視線を戦場に向ける。

の瞳は先程までとはまるで違うものだ。


「見て」

「うん」

「まだ、続いてるんだ」

「うん」

「…受け止められる?」

「……うん。頑張る」


後ろで、ルックが笑った気配がした。


「……あと、もう少しだよ」


そして浮遊感。










トン、と地に足をつける。自室のベッドにはアルベルトとシーザーが座っていた。

の姿を目に止めると、二人は躊躇することなく、しかし多少不安げな顔でに抱きついた。


姉さん、大丈夫!?怪我してない!?どこも痛くない!?」

「ねーね、いたい?いたい?」


はそれに苦笑を漏らすと子供たちの頭をポン、と叩き、


「大丈夫」


と言った。

ルックが目で合図する。そうだ、シュウの部屋に行かなければならない。

ナナミのことはとてつもなく心配だが――役に立たない自分が何かするよりも、ホウアンを信じていよう。

信じて待とう。自分は戦争の終結に全力を尽くすから、どうか頑張ってくれ、生きてくれと。

ドアのノブを回す。

さあ、早く行かなければ―――



と、思ったのだが。



「…ええと」

「………」

「………馬鹿」


ドアの前にとシュウがいた。

は困ったように頭をかき、シュウは無言で顔を背ける。ルックの毒舌が華麗に舞う。


「…アンタら一体なにやってんだよ」

「何って、だって僕らもが心配なんだよ、っていうかそれ抜け駆けだよねずるいよ譲って!」

「今更遅いね。で、そっちの軍師殿も心配で来たクチ?」

「何を馬鹿なことを」

「あっそう。アンタも心配するんだね。ま、これで部屋まで行く手間が省けたわけだ。丁度良かった」

「だから心配などしていないと…!」

「はーいはいはいちゃっちゃと話してさっさと持ち場に戻ったら?暇じゃないんだろ、アンタも」

「っ……!」


心なしか得意げらしいルックの毒舌に三竦み勃発の不安を感じつつ、はどうすることもできないでいた。

――これは、私が原因なのか?いや、ただルックが煽っただけのような気も。

兎にも角にもシュウに話を聞かないことにはこの場は進展しない。

そう判断して、は極寒のバミューダトライアングルに飛び込んだ。


「シュウ、話は何?」


三人の視線が一様にこちらに向くのを感じて、は逃げ出したくなった。










シュウの話は、マチルダ進攻前に聞いていたこととあまり変わらなかった。

ただ、時間が変わった。

いまごろ城ではが最後の鼓舞をしていることだろう、ただしナナミ抜きで。

は右手を水平に上げた。キィン、と耳鳴りのような音がして仄かに手の甲から光が漏れる。

光が収まると、そこには兵士が十数人ばかり存在していた。幻術である。

ただは幻術に長けているわけではないので皆同じ体格の同じ顔だ。

流石にこれは不味いと感じ、手を上下させると、あっさりと兵士たちは消えた。


「さて…」


隊長、と呼ぶ声が聞こえる。振り返ると兵士が5名、所在なさそうに立っていた。


「何故消すんですか?」

「同じ顔しか作れないからね」

「でも、我々だけでは…」


不安そうに言われ、は兵たちを見回す。

自分を入れて6人。皆、若い。それだけにに対する不信感はあまり浸透していないようだった。

シュウの話だと自分を疎んでいたのは主に幹部や中高年の兵たちらしい。同盟軍に強い思い入れがある故。


「別に人数が多ければいいってもんでもないだろうし、大丈夫だと思うよ。忍耐は必要だろうけど」

「ですが…」


は笑う。

少し前までは口にすることに戸惑いを覚えていた言葉も、自然に口から出てくる。

自分を頼ってくれる、隊長と言ってくれる者たち。


――彼が部下を守りたいと思った気持ちが、今はよく分かる。


「いざとなれば、私が守るよ。君たちも、相手も」


――だから、行こう。

その言葉に兵たちは少しだけ表情を緩ませた。

――守るよ。

信頼という名の存在理由を与えてくれる者たち。君たちを守ろう。

私は私の存在意義を守るため、君たちを守ろう。相手を守ろう。自分を、守ろう。


「さあ」


そう言って、もはや肉眼で確認できるところまで来た目的地を指差した。






サジャの村。

ひっそりと、戦乱に巻き込まれることなく存在してきた小さな村だ。


『確かにそこは戦争とはまるで無関係に今まできている。しかし王国領であることに変わりはないし、

王国軍の魔法兵の中にはその村の出身者が少なくない――魔術師の里、と言っていい。

もちろん本当に魔術師の里であるわけじゃないが、そこが良質の封印球を産出するのは確かだ。

――そこを押さえてくれ。時期的に見て手遅れだろうが、万が一ということもある。

村人の中にも多少は魔法を使える者がいる。出来るなら説得、出来ないなら―――』


シュウがその後を続けることはなかったし、も実力行使に出るつもりはなかった。

本当ならば戦闘開始と同時に村へ向かう予定だったが、少しでも早いほうがいいと、変更になったのだ。

今更のような気がするが、そこはそれ、とてシュウの真意が分からないほど鈍いわけではない。

――血を見ることに恐怖する自分がいる。

血は、にとってタブーになりつつある。時間が経てば和らぐだろうが、それまでは極力見たくない。

しかしこの村にいる限り血を見ることはないだろう。戦闘に巻き込まれることもない。

つまりは気を使わせてしまったのだ。自分は。


「…隊長、何か、すっごい仰々しい出迎えが」

「予想はしてたけど…。まあ、頑張ろう。基本は説得。村人に怪我させたら駄目だよ」

「はい」


村の入り口には村人たちが集まってバリケードを作っていた。

の隣に一人の兵士が並ぶ。あるときは城の門番、またあるときは大広間の門番、洗濯場の番。

つまるところ、が同盟軍の兵士でただ一人仲良くなった兵士だ。


「まさか、俺がお前の部下になるとは思ってなかったけどな」

「あはは」

「…ま、いっか。で、どうするよ隊長さん。生半可な説得じゃ無理そうだけど」


はもう一度村人たちを見る。

手には各々紋章札、おそらく紋章を宿している者も何人かいるのだろう。

他の兵士もの周りに来る。指示を仰ぎたいのだろう。はそれを手で制した。


「私が行こう」






村から少し離れたところに兵たちを待機させ、は村へと歩んでいく。

兵たちの制止の声が聞こえるし、村人の視線は険しさを増すしで正直怖い。

だが、もっとずっと怖いことをは知っている。


目の前で人が殺されること。

憎しみを抱かれること。

それを知人に知られてしまうこと。嫌われていると知られること。

――大切な人を、目の前で亡くすこと。


どれも耐え切れないくらい怖かった。支えてくれる人がいなかったらきっと今の自分はありえなかった。

しかし、それと同じくらい、嬉しいことも知った。


誰かに優しくしてもらえること。

自分の存在を認めてもらうこと。

自分を好いてもらうこと。

そして、頼ってもらうこと。


自分はここにいるのだと、目的という手段で無理やり世界に溶け込もうとしていた頃の自分を覚えている。

あの頃の自分は叫んでばかりだった。声には出さずとも、心の中でずっと叫んでいた。

誰かに自分を知ってもらいたかった。存在していいのだと言って欲しかった。絶えず居場所を求めていた。


「はじめまして」


居場所をくれた人がいた。「この城にいればいい」と言ってくれた姉弟がいた。


「同盟軍、軍師直属特別部隊、隊長のと申します」


自分の心配をしてくれる少年がいた。無愛想ながらも優しい魔術師がいた。父親のような軍師がいた。

優しい女性二人と知り合った。優しい少女とも出会った。優しい敵兵を知った。

――愛しい。


「お怒りになる心中、お察し致します。ですがどうか、刃を鎮めて頂けませんか」


愛しい。だから守る。そしてそのための力。

単純で幼稚な、しかしそれがの見つけた答えだった。


「話を聞いてください」






「ふざけるな!」


男性が叫んだ。同意するように周りが頷く。

はシュウとの会話を思い出す。


『サジャの村はハイランド領ではあるが、政治的な繋がりは無いに等しい。何せ辺境だからな。

だからそれだけ戦争に対する関心も低いはずなんだ。しかし奴らは戦争にこだわる。なぜなら――』


「何が同盟軍だ、お前らこの村を占領しに来たんだろう!」

「そうに決まっているさ、何せここは数多の魔法使いにしてみりゃあ、至宝がゴロゴロしてんだからね」

「この村に立ち入るな!何もするな!去れ!」


『なぜなら奴らは恐れているからだ。戦争によって自分たちの村に危害が及ぶことを。

何が奴らをそうさせているのかは定かでないが――おそらく依存しているのだろうな、村に。

辺境の地にはそういうことが起こりうる』


「この村だけは渡さないよ!あんたらなんかに渡すものか!」

「そうだ、この村だけは――」


は村人があらかた言い終えたのを見届けると、言葉を発する準備をする。

なるほど、確かに依存している。

彼らの気持ちも分からなくはない。封印球の産出地として平和に、ひっそり暮らしてきたのだから。

壊されたくはないだろう。だが、それならば逆に話は早いのだ。


「もちろん承知しています。我々はこの地を占領しに来たのではありません。どうか話を聞いて頂きたい」

「フン!小娘が何を偉そうに!そんなことを言って、どうせ占領するつもりなんだろう!」

「いいえ。我々は、この村を守るために来ました」


村人の間にかすかに驚きが走る。

その隙を珍しく見つけることが出来たは内心で笑んだ。

そして、普段では絶対にしない口調で、絶対にしない演説をはじめる。


「この村は有数の封印球の産出地です。このことは私などよりもあなた方の方が分かっていらっしゃるはず。

ですがそれ故にこの地は、今まさに最終決戦のときになって戦争に巻き込まれる可能性を孕んだのです。

今までは戦場が遠くにあったから良かった。先の戦場はロックアックスでしたが、山に阻まれた。

しかし今回は違います。首都は、今までのどの戦場よりもこの村に近い。

そしてこの村には、魔術師ならば誰もが憧れるであろう、五行の上位紋章など、優れた封印球がある。

――この村は、ハイランド軍、同盟軍の両軍から狙われる危険性を、ここにきて持ってしまったのです」

「な…!?」


驚きが強まる。

演説の内容は半分は事実であるが、あとは嘘と憶測で構成されている。一種の賭けであった。

だから、賭けを賭けと知られる前に畳み掛ける。


「我々は危害を加えるつもりなど一切ありません。我々別働隊は本隊とは切り離して考えて頂いて結構です。

この村が戦乱に巻き込まれないように、これ以上戦争が大きくならないように、我々は来たのです」


は頭を下げる。


「どうか、協力して頂きたい。――戦争を、終わらせたいのです」




村人たちはすぐには答えを出さなかった。

その場で話し合いを始めた。は咽喉の痛みを覚えたが、ここで妥協するわけにはいかない。

よくよく村を見てみると、民家の窓から子供がこちらを覗いていた。

がそちらに気を取られている間に村人たちは答えを出した。


「………君を信じよう。ただし、村の中には入らないでくれ」


は笑んだ。






兵たちを適当な配置につけ、村を結界で覆う。

これでハイランド軍は今以上の魔法攻撃を放つことはできない。

それは同盟軍も同じことだ、と言われてしまいそうだが、ジーンはどこからともなく上位紋章を仕入れてくる。

全く問題ない。


「隊長もなかなかえげつないなあ。困るのはハイランド軍だけじゃんか」


兵士が言った。は笑う。


「いや、ハイランド軍は昨日の内に上位紋章を仕入れたはずだよ。村人が何かそんなこと言ってた」

「…じゃ、何か?俺たちって無駄骨部隊ってわけ?」

「それも違うよ。ハイランド軍はこれ以上封印球を仕入れられなくなったわけだし、少なくともこの村は守られる」

「なんだかなあ、それがしっくりこないんだけど。そんな箱庭みたいな平和でいいのか?」

「さあ……でも、反論はできない。それでいい、って言われると何も言えない。…考え方の違い、なのかな」

「難しいな」

「多分すっごく長い時間かけないと解けないね」

「平和に定義なんてない、答えなんかない、って?……わけわかんねえ」


はルルノイエのある方角を見る。

今、向こうはどんな状況なのだろうか。城にいるナナミの容態はどんな風だろうか。

早く終わればいいと思う。それはすなわち、知り合いの親友たちが苦しむことを意味するのだけれど。

は瞑目する。兵士はに問うた。


「俺はてっきり、あんたも本隊に行くんだと思ってたんだけど」

「そりゃまた、何で」

「仲いいだろ、軍主殿とか兵団長とかと」


は彼らを思い浮かべる。


「だからさ、軍主殿たちと一緒に城に乗り込んでいくものと思ってたんだよ」

「それはないよ」

「何でだ?」

「私は幹部じゃないし、ましてや今まで何か功績を残したわけでもない。分不相応ってやつだよ。

行っちゃいけない。同盟軍という組織の中で異端だから。それだけはしちゃいけない」

「そんなもんなのか」

「意外と大切みたいだよ、これ」


話し終わって、は細く息を吐いた。


――早く、終わるといい。彼らの心が平穏になると良い。


唐突に考えが浮かんだ。

平和が難しいのは、多分平和の形が一人一人違うからなんだ。

騒がしい日常を平和とする人もいれば、静かな日常を平和とする人もいるように。

結果的に押さえつけることになる政治によって平和を目指す人もいれば、そうでない人もいるんだ。


「じゃあ、万人に通用する平和ってあるんだろうか」


ルルノイエがある方角に、光の柱が立った。

右手が酷く反応する。獣の咆哮が聞こえる。







「さあ。………あれば良いと、思うけどな」







獣の叫びはまるで泣き声のようだった。















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2005.4.1
2006.9.20加筆修正

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