31.
 キルアが家出した翌日、はキキョウに呼ばれゾルディック家本邸に出向いた。初めての訪問なので本邸まではゴトーが付き添った。内部はカルトが案内するらしい。

「キル兄さん、なんで出て行っちゃったのかな」
「いろいろと考えるところがおありだったのでしょう。カルト様、あまりお気を落とされずに」
「ん。……は?もいなくなっちゃう?」
「お答えしかねます。キキョウ様のお話によりますから」

 話しているうちに目的の部屋に付いたらしい。カルトがドアを開ける。は一礼して入室し、中央に座る人物を見た。シルバである。から見て右手にはキキョウが顔に包帯を巻いた状態で立っており、また左手にはゼノが椅子に腰掛けている。イルミもいる。腹部を刺されたミルキもいる(さすがにソファに寝ていたが)。おまけに自分の背後にはカルトがいる。の頬を冷や汗が流れた。これで「キルアの家出を止められなかったからクビ」とでも言われようものなら即刻現世とおさらばだ。結界をはっているので逃げることはできるが。
 シルバが口を開いた。

「……さて。お前を呼んだのは他でもない。キルの家出のことだ」
「はい。申し訳ございません。わたくしの落ち度でした。相応の処分は覚悟しております」

 さすがに拷問などをやられたら死ぬけれど。その言葉は飲み込んで心の奥深くに沈めた。シルバは「いや」と言ってキキョウに目配せをする。キキョウは側のテーブルに置いてあった小さなリュックを手に持つ。

「キルの家出は仕方がない。正直いずれするだろうとは思っていた。だがコイツがまだ心配だとうるさい。そこでだ。キルの世話役のお前に様子を見てきてもらおうと思ってな」
「まあ、アナタ!連れ戻すのではありませんの!?」
「お前は黙ってろ。話がややこしくなる。……まあ一応帰るようには言ってくれ。帰りたくないと言ったらそのまま世話、というより護衛をしてくれればいい。だが勘違いはするな。護衛といってもキルが本当に死にそうになった場合のみだ。それ以外はキルの自主性に任せておけ」

 は頭を下げて「かしこまりました」と言った。キキョウからバッグを受け取る。中身を確認しろとシルバが言うので開けてみる。通帳と身分証明書(たぶん偽造)と財布が入っていた。捜索費用ということだろうか。

「それは今までのあなたのお給料よ。なにも言わないから取っておいたの。……キルをよろしくね」
「承知しました」
「他に必要なものがあったら言ってちょうだい」
「……では、ハンター試験の受験手続きをお願いしてもよろしいでしょうか」

 その言葉にゼノが興味を向ける。「何故そうする必要がある?」は答える。

「おそらくキルア様の好奇心を手っ取り早く満たすのはハンター試験でしょうから」

 翌々日、はゾルディック家を後にした。天気は快晴。スーツ姿のままで用意された飛行船に乗り込んだ。

(服を買っておくべきだった)

 向かうはザバン市ツバシ町。ずるいだろうと言うなかれ。



32.
 飛行船から降りたは付き添っていた使用人に礼を述べてその場を後にした。仮宿となるべき宿泊施設を探すためである。届いた書類によるとハンター試験まではあと一ヶ月あるらしい。その間を過ごすところが必要だ。はふと通帳の中身を確認していないことに気が付く。所持金によってこれからが左右されるのだ。

(住み込みで働ける店とかあればいいんだけど)

 歩きつつ通帳を確認して危うく落としそうになる。4年間(実際には3年半)溜まりに溜まった給金、しかもゾルディック家使用人(そのうえ三男坊の世話役)のサラリーを舐めていた。4200万。一ヶ月100万の計算である。しかしこれもゾルディック家執事の中では低いほうだと思われる。は頭を抱えた。
 だがそこは腐っても庶民気質を忘れないである。住み込み可能な店を探してツバシ町を練り歩く。職安に行き地元の人から情報を聞きだす。燕尾服に近いスーツだが職探しの服装としてはギリギリ合格だった。

「ああ、住み込みなら『めしどころ・ごはん』っていう店がちょうど探してるよ」

 地元のおばちゃんはそう言ってを「めしどころ・ごはん」まで案内してくれた。店の前まで来ては自分の幸運に拍手を送った。ここはハンター一次試験会場ではないか。どうやら主人と知り合いらしいおばちゃんは何と話までつけてくれ、は晴れて「めしどころ・ごはん」店員となったのだった。

「働く前に服は買ってこいや」

 主人のツッコミが痛かった。(燕尾服で定食屋店員やるのは主人もどうかと思ったらしい)



33.
 ご主人唐揚げ定食一丁!あいよっ!そんなやり取りが働き始めて一週間経ったころに生まれた。いらっしぇーい!ご注文なんにしやす!そこの店員をテイクアウトで!こんなやり取りは二週間経っても生まれなかった。言い出そうとする奇特な輩もいるにはいたが主人の睨みで皆怖気づいた。

「お客さん3名入りまーす」

 店員はの他には一人同い年くらいの少女がいるだけである。女将さんもいるにはいるが裏方に徹しているため表には滅多に出てこない。

さんお水お願いします!」
「了解!タマちゃん5番の注文よろしく!」

 少女ことタマちゃんは注文書を片手に急いで5番席へと向かう。は水を汲んでまだ届いていない席に配っていく。ここ「めしどころ・ごはん」は中々盛況している。妥協を許さない主人の料理人気質の賜物だ。
 このやり取りは夜9時の閉店まで続く。

「おつかれさん。食べたいもんがあったら言いな」
「おつかれさまです〜。あ、じゃあ焼肉定食で!」
「お疲れ様です。えーと私は焼き魚定食お願いします」

 ジュー、ジャッジャッと肉の焼ける音が食欲をそそる。会計に忙しかった女将も出てきて魚を焼いている。気が抜けるほど平和なこの時間にはたゆたい幸せを感じる。物足りないと思うのは仕方がない。ゾルディック家での日々が濃すぎた。しかしはこの店の忙しさが嫌いではない。

「ああ、そうだ。お前らには一応言っとかなきゃならんだろう。実はこの店がハンター第一次試験の会場になった。なんでも奥の部屋と地下道を繋ぐらしくてな。工事中だ」
「え、すごいじゃないですか!ハンター試験かぁ。わたしは無理だな〜。危険だっていうし」

 タマちゃんは素直に感心する。彼女のこういうところがは好きだ。主人はの意見も求めているらしくこちらを見ている。なんと言うべきか迷ったが結局そのまま言うことにした。

「あ、主人。私ハンター試験受けます」
「何ィ!?」
「ビックリですねこれは。会場探しの手間が省けて良かったけど」
「俺はお前の発言にビックリだ。危険なんだぞ?やめておけ!」
「いや人探しも兼ねているので。ええと来週でしたっけ。締め切りギリギリまでは働きます」

 は笑んで焼き魚をつついた。主人と女将とタマちゃんは暫し呆然としていたがやがて「まあそれも有り……なのか?」という結論に辿り着いたらしくその後は何も突っ込まなかった。こういうところも好ましく思う。



34.
 日は瞬く間に過ぎハンター試験当日である。と言っても受付期間は数日に及んでいるのでここ何日か受験者と思われる客が急増していた。今日も今日とては受験者を案内する。

「いらっしぇーい。ご注文は?」
「ステーキ定食」
「……焼き方は?」
「弱火でじっくり」
「あいよ。、席に案内してやんな!」
「イエッサ主人。お客さん奥の部屋にどうぞー」

 やってきたのは柄の悪い大男でいかにも「受験生」といった風体だ。奥の部屋に通し一息つく。ハンター試験受付は本日午後9時締め切りの明朝1時開始である。それまでにも準備をしておかなければならない。

「タマちゃん私ちょっと抜けるのでよろしく」
「うん、分かった!あ、いらっしゃいませー」

 は店の外に出て近くのビルに入る。ここの2階はマンションになっており角部屋が主人と女将の家、すなわちが居候させてもらっているところである。の部屋になっている和室からリュックを取り(結局金は使わなかった。住み込み三食付の代わりに給金はないからプラスマイナス0である)、スーツ(というよりも燕尾服)に着替えて店に戻った。8時50分である。

「じゃ、主人に女将にタマちゃん、行ってきます」

 今日に限り見送りとして表に出てきている女将を含めた従業員三名に小さく別れを告げる。三人は心配そうな顔をしながらもあたたかく送り出してくれた。女将にいたっては念のためと言って胃薬や頭痛薬をくれた。

「あのね、ちゃんの前に三人来たんだよ。なんかアンバランスな人たちだったけど悪い人じゃなさそうだった。もし……もし、どうしようもなくなったらその人たちに頼ればいいと思うよ」
「ありがとう、タマちゃん。じゃあね。終わったら遊びに来るよ」
「……うんっ」

 エレベーターが動き出した。



35.
 チン、と小さな音を立てて扉が開く。突如襲ってくる臭気には顔をしかめた。これだけ密度が高くワイルドな男性率が高ければ仕方のないことだとは思うがどうも慣れそうにない。

「多分あなたで最後ですね。はい番号札」
「あ、どうも」

 もらったプレートは406番。当たり前だがイレギュラーな数字である。は胸にプレートをつけて辺りを見回した。キルアを探さなければいけないのだが、子供ということで小柄なキルアは見つけにくい。とりあえず歩き回ることにした。
 受験生の間を縫って動くことは容易だった。何せ皆が皆警戒心をむき出しにして他人と近づこうとしないのだ。自然と人々の隙間は大きくなる。はこれ幸いとキルアの特徴的な髪の色を頼りに捜し歩く。するとトンと誰かに肩を叩かれた。

「え、あ、イル……じゃなかった、ギタラクル様」

 イルミ扮するギタラクルはある方向を指差す。そちらを向くとキルアがトンパらしき中年男性に缶ジュースをもらい飲んでいるところだった。はギタラクルに礼を言うとそちらへと急ぎ足で向かう。

「キルア様」

 さすがにこの人数の中で「様」をつけて呼ばれるのは嫌だろうと思い小声で話しかける。対するキルアはいきなり名前を呼ばれたことに驚き、次いでの姿に驚いた。

「なっ!?お前どうしてここにいんの!?」
「キルア様、家にお戻りになる気はございませんか?」

 そう言うとキルアはむっとした表情になった。

「……ちぇ、そういうことかよ。もどんねーよ、あんな家になんて。連れ戻そうったって無駄だからな!」
「かしこまりました。では試験を頑張りましょう」

 キルアは三度驚く。

「……連れ戻しに来たんじゃねーの?」
「自主性に任せるよう言いつかっております。ですので、わたくしは今までどおりお世話をさせていただきます」
「必要ねーよ」
「………まあ、そうおっしゃるだろうとは思っていましたが」
「違うって。自主性に任せるってんなら世話なんかいらねーってこと。お前も受験生なんだからさ、とりあえずその敬語はやめて普通にオレと接すること!いいな?」
「いえ敬語は……」
「お前、オレが変な奴だと思われて危険な目にあってもいいのか?」
「う……」

 にやりと笑ったキルアを見ては謀られたことを知る。キルアは危険を厭わない。むしろこの状況下では自ら危険に飛び込んでいくだろう。勝ち目がないと思ったらすぐに退くキルアではあるが勝ち目がありすぎるこの状況は彼にとってかなり面白いものであろう。
 しかしにキルアに逆らうことなどできるはずもない。(イルミまでいるのだから)

「……分かりました」
「ハイ敬語ー。ペナルティ1つー」
「…………………分かった」
「それで良し!」

 魂まで執事になっているような気がしては落ち込む。それとは対照的にキルアは嬉しそうに笑っていた。



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