4.






いつもそうなのだけど、今日はさらに輪をかけて皆の集中が皆無だった授業が終わった。

6限目の終わりを告げるチャイムと共に飛び上がる男子生徒、興奮した様子で喋る同姓。

前の席の男子が机の上に立ち、喜びを表現する。


あの、頭の上に筆箱が落ちてきたんですけど。





だがベビーフェイスこと南樹は一度家に帰るらしい。

いや、もはやあれは「一度」ではなく、家に帰ってご飯を食べて寝る気なのだろう。


「イッキさん!今日はいよいよっスね!楽しみにしてますよ!」


と言った男子生徒に対しての返事が


「…はあ?」


だったから。









古びれた工場跡地。

そこに「東中ガンズ」のメンバー50人が集まっている。

私は別にガンズに入ったわけでも何でもないのだが、絵美理の強い勧めもあってここに来た。

絵美理もガンズではない。

ただ、東中に属するものとして、南樹の勇姿は見ておくべきだ、と。そんなふうに言われた。

ところが南樹はここにはいない。

家に帰って「飯食って寝る」(南樹談)つもりらしい。


「イッキさんおせーなー…」

「本気で家に帰ってると思うぜ。あの様子だときっとそうだ…!」

「なあ、もしイッキさんが来なかったら…俺ら、やばくね?」

「………」


場に沈黙が降りる。

しかし、女の子の一人が声を上げた。


「イッキさんは絶対くるよ!だってベビーフェイスだもん!」

「ちゃーこ…」


かなりアバウトな理由だ。そんな肩書きで行動決められたらたまったもんじゃないな、私だったら。

ちゃーこ譲はクルンとくせのついた毛先が特徴のとても可愛い子だった。





「がん首そろえてるみてーだな」


声が聞こえた。


「…に、西中のやつら…!」


誰かがそう言って息を呑むのが聞こえた。

まてまて、この状態じゃ私も危険だ。


「『東中最強のベビーフェイス』とやらはどこだよ。まさか怖気づいて逃げたんじゃねえだろうなあ?」

「お前っ…!イッキを侮辱すると許さねーぞ!!」


ニット帽をかぶった少年が掴みかかる。

あれは美鞍葛馬なのだろうか。


「許さなくて、どうすんだ?ベビーフェイスのいない東中なんざクソだろーがよ」

「……っ!」


美鞍葛馬と思わしき人物が東中ガンズの方を向く。

そういえば彼はガンズのナンバー2なのだったな、と今更に思い出した。


「……誰か、イッキを呼んできてくれ!あいつ多分、いやきっと家で飯食ってる!」

「でも、ここからじゃかなりあるぜ!?」


そうなのだ。

私は仮にも南樹と同じアパートに住んでいる身であるから分かるのだけれど、ここはアパートからは結構遠い。


「それに、イッキの家の場所を知ってるやつっているのか!?」

「……くそっ!」


そりゃ、ガンズの連中がアパートに行ったら住人はドッキリするだろうよ。

事情は知らないけれど、多分そんな理由で南樹のアパートは知られていないのだろう。




でも、困った。

このまま彼が来なければ原作の流れに支障が出てしまう。

私自身、何が起こっているのか未だよく分からない身ではあるけれど、原作に沿うのが一番無難だとは思う。


――仕方ない。


「私、家知ってるから呼んでくるよ」

「え、さん、イッキちゃんの家知ってんの?」

「同じアパートだからね」

「うっそ、マジで!?」


同じクラスらしい女子生徒が驚く。

ああ、言ってなかったっけ。そういえば。


「でも、今からじゃもう間に合わないんじゃ…?」


男子生徒が訊いてくる。

手にはおあつらえ向きのスケボーを持って。


「私、エア・トレック履いてるから大丈夫だと思う。そのスケボー借りていい?南くんはそれで来ればいいから」

「え、あ、ああ、ほらよ」

「じゃあ、行ってきます」

「頼んだぞ!」


ニット帽の美鞍葛馬(多分)が声をかけてくれた。

ニット帽取った方が格好良いと思うんだけどな、などと思いながら、私はエア・トレックの前輪に体重をかける。



いままで後輪に体重をかけていたのだけれど補助モーターの方だったらしく、この間坂東ミツルに止められた。







大分慣れた街をエア・トレックで疾走する。

スケボーを持っているので、人に当たらないようにするのが一苦労だ。

途中で大人たちから注意を受けたけれど、事態が事態なので無視した。

そして、アパートに着く。

大家の野山野家の部屋に行き、扉をノックした。


「はーい?」


高く、よく響く声が聞こえて扉が開き、野山野リンゴが出てきた。


「あれ、さん?どうしたの?」

「南樹くんはいますか?」

「いるけど…ちょっと待っててね」


少し彼女が不機嫌になったのは気のせいではないはずだ。

どうやらやきもちをやかれたらしい。


「どうしたんだ?えーと…名前なんだっけ」

です。ガンズの人たちが苦戦しているので呼びにきました。西中との縄張り争いらしいんですけど」

「……あ。やべっ…!忘れてた!」


予想としては『家で飯食って寝てる』だったのだけれど、本当は忘れていただけのようだ。


「場所案内してくれ!…リンゴ、俺ちょっと出かけてくる!!」


南樹が奥に向かって言う。

すると、美人でかなりグラマーなお姉さんがでてきた。


「あ、イッキ!ついでにお塩買ってきてください!」

「分かった!じゃ、リカ姉、行ってきます!」


バタバタとアパートの入り口まで行って靴を履く。

このアパートは共同玄関みたいだ。


「で、場所は!?」

「ええと、なんか古びれた工場跡地。名前が分からないので案内します。スケボー使ってください」

「サンキュ!…でも何で敬語?」

「いや、何となく。いらないのならやめますけど」

「いらねーって。…同じクラスの、だよな?」

「うん」


南樹はニカっと笑った。


「教えてくれてありがとな!ま、これからもひとつよろしく!」


「よろしく」と言われて返す言葉が思いつかなかったので、頷いてエア・トレックに体重を乗せた。







南樹が来てからは、まさに楽勝だった。


「それでは皆さんご一緒に!1、2、3――の!!」


彼の掛け声に皆が一斉に「ダー!」と言った。私はテンションについていけなかった。

西中の男子生徒にバックドロップを決める。

頭から地面に叩きつけられて痛そうだ。

最後の一人をそうやって倒したあと、南樹の周りに人が群がった。

口々に彼を褒める。


「ほら、ちゃーこ!……イッキちゃーん!あのねー!」

「やだ、もうっ!恥ずかしい…」


耳まで真っ赤に染める「ちゃーこ」の姿と自分の知識を重ね合わせて、少し同情してしまったのは内緒だ。





「…分かる!?今は神聖な…」


誰かが怒鳴っている声が聞こえて、そちらの方を向く。

野山野リンゴがオールバックの男子生徒に何かを言われていた。

南樹は気付いていない。

ああもう、歪んでいるんだかこれが『此処』での正史なんだか分からない。


「南くん。野山野さんが大変だよ」


とりあえず教える。

まあ、歪んでいるにしても正史にしても、ある程度原作に沿うようにすれば大きな被害は出ないだろう。



人々の人権を無視している気がして、少し申し訳なく思った。





南樹が野山野リンゴと帰ったあと、西中の人が言う。


「フン、お前らは所詮イッキに群がってるにすぎねーんだ。…まずはお前らから掃除してやるよ」

「はあ?なに言ってんだお前」

「『スカルセイダース』…知ってるか?」

「俺知らねー。誰か知ってるヤツいるか?」


ガンズの一人が前に進み出る。


「スカル…って、暴風族の?」


西中の人…おそらく西中のトップは不適に笑う。


「分かってんじゃねーか」

「暴風族?」


さっきまで西中トップと話していた男子生徒は意味が分かっていないようだ。

けれど、周りを見渡すと、皆青褪めている。

スキンヘッドの…名前なんだっけ。ええと、あ、そうそうマガキ。

周りの様子を見る限り、間垣のチームは結構すごいらしい。

まあ、そうか。私だって1対1だから勝てたようなものだ。負けるかどうかは別として、大勢で来られたら困る。


「俺はあの人達と仲いいんだよ。待ってな。地獄を味合わせてやるぜ!!」


笑い声が工場内に響いた。











帰り道で考える。

原作どおりに事が運ぶとなると、きっとあの惨事が起こる。

特にこのことをきっかけに非処女となるはめになる「ちゃーこ」にとっては、とてもよろしくない。

何とかしたい、が、そうすると流れからはみだしてしまうし、なにより私にそこまで力はないだろう。


「……」


河原に来て、私はエア・トレックの後輪を押してブレーキをかける。(このエア・トレックは後輪がブレーキだ)

原作に沿わせることを優先させるか、せめて女の子達だけでも何とかなるようにするか。


「そんなの、決まってるのに」


『私が』それを実行していいのだろうか。

皆に影響が出てしまったりしないだろうか。


――私は、この世界で本当に「存在し」ているのだろうか?



今でもよく分からない。

私は「此処」にとって異端でしかないのか、それとも在るべくして此処にいるのか。



足元を見つめていると、横からふわり、と風が吹いた。

見ると、ブーツタイプのエア・トレックを履いた髪の長い少女が微笑んで立っていた。

彼女は言う。


「悩んでても、何にもならないよ?キミはキミのしたいことをすればいい」


そして私の横を通り抜けていった。





多分それは彼女にとって、何の変哲もない日常のひとコマだったのだろう。

けれど、私にとっては十分だった。

「この世界」にいる人に何かを許される、認めてもらえる。

それは存在が曖昧な私を確たるものとしてこの世界に繋ぎとめてくれるのだ。





私は土手を滑り降りて、練習場所であるベヒーモスのエリアに立った。

少しでも技術をあげなければ。







その日は夜までそこにいた。














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最後に出た少女はシムカです。(分かりにくかったかしら…)
台詞は意図的に原作と変えています。
2004.8.1

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