12.






いつも通りだった。

いつも通りに一人で登校して(いつもイッキ達と登校するわけではない)授業を受けて、ご飯を食べて。

イッキ達がなにやら「メンバー集め」と称した闇討ちを行っているとか何とかをクラスの人から盗み聞きして。

とくにトラブルも騒ぎも(例の闇討ち以外は)なく、至極平和で、私は帰宅の途についたのだ。

校門に知らない大人が立っていた。


「あなたがさん?」

「誰ですか」


やたらセクシーなお姉さんが名前を聞いてくる。

怪しみながらとりあえず頷くと、お姉さんの隣の、これまたやたらダンディーなおじさんが手帳を出した。


「怪しまなくていい。我々はこういうものだ」

「…マルかぜGメン」

「マルフウGメンと読んでくれ」

「ああ、はいはい。マルフウ」


お姉さんも手帳を出してきた。


「ボスに、あなたを連れてくるように頼まれたのよ。一緒に来てもらえるかしら」

「ボス?」

「鰐島室長だ」


おじさんが親指で校門の脇に止めてある車を指差した。


「すまないが、拒否権はないんだ。君はボスを知っているかな?」

「知ってますよ」

「じゃあ、彼の性格は分かるはずだ」

「…拒否どころじゃないですね」

「物分りが早くて助かる」


そう言うとおじさんは車のキーを取り出して、遠隔操作で鍵を開けた。

お姉さんが後部座席のドアを開けて私を中に招き入れる。

内装も外装も明らかに外国高級車仕様の車に内心気後れしつつ乗り込んだ。生徒の視線が痛かった。

私はチラリとお姉さんとおじさんを盗み見た。


鰐島海人とは主婦(主夫)メールの仲だと言える筈もなかった。










どれくらい時間が経ったのか分からないし、ここが何処なのだかもはや皆目見当がつかない。

家のある街からあまり離れてはいないと思うのだけれど、道が分からないので帰りようもない。

どうしてくれるんだ鰐島兄、と心中で毒づいていたらヤバそうな雰囲気をありありと醸し出した一帯に着いた。

一見すると工業地帯の成れの果てのようなのだが、果たして。


「さて。ここを真っ直ぐ行くとボスがいる」

「気をつけてね。はい、プレゼントよ」


お姉さんは紙袋を私に渡す。中身は服のようだった。

私が頭に疑問符を浮かべていると、おじさんは言った。


「我々はここから先に行くことは出来ない。――今は」

「だから、私たちのことは内緒。ね?」

「はあ」


とぼけた返事を返すと、2人は車に乗り込んで、来た方向に去っていった。

意味が分からない。

――が、とりあえず鰐島兄の所に行くしかなさそうだと結論付け、私はエア・トレックのロックを解除した。






ビーズとフリルとリボンの付いた、見るも無残な私のエア・トレック。

いい加減襲撃されるのはウンザリだったので付けた訳だけれど、私が不快になっているのでは意味がない。

せめてマカロニにするべきだったか。

そんなことを思いながら足音を反響させ、私は歩く。

少し歩くと、今までの廊下のような通路とは違い、開けてまるでホールのような場所に来た。

何だかすごい車と、すごいヘルメットをかぶった人々がいる。


「ああ?何だお前。見学か?まだバトルは始まってねえぜ」

「いや、見学というか、拉致られたというか」

「遅かったな


ヘルメットの人に不振がられて少々困っていたら、トラックのような車から鰐島海人が出てきた。


「何でここに連れてきたんですか?」


とりあえず訊く。実際は薄々気がついている。

これはチーム「アギト」と、何だったか。バッファローズ?いや違う、…そうだ、「ブルズ」と「アギト」のバトルだ。

ということはイッキ達もここに来るはず。

だが、何故私が鰐島海人に呼ばれたのか分からない。

鰐島海人は不適に笑った。


「んなもん決まってんだろーが。助っ人だ、助っ人」

「助っ人?」

「ああ。咢から聞いたぜ。お前もエア・トレックやってんだろ?しかもかなりレベルが高いそうじゃねえか」

「レベル高いもなにも、はかったことないんですけど」

「まあ、レベルは関係ねえさ。俺が見たいだけだ。お前のバトルを」


私は改めて紙袋の中身を見た。

ジーンズに長袖のTシャツにロングカーディガンにゴーグル。

咢に聞いたのか分からないが、犬山のチームとイッキのバトルを観戦したときの服装に良く似ていた。

制服じゃさすがにまずいと思ったのだろう。お姉さんの気遣いだろうか。


「…というか、バトルしたことないんだけどなあ」


そう呟くと、それを耳に入れた鰐島海人が笑って言った。


「それなら今日が初バトルだな。初っ端からAクラス相手だ。光栄に思っとけ」


怪我をしない程度に逃げ回っておこうと誓った。






着替えを見られるのは恥ずかしいので、建物の奥の方に行って着替えた。

そこで気付く。

鰐島海人の車の中に亜紀人と咢がいるのではないか、と。

挨拶も何もしなかった自分に少々嫌悪する。

しかし、亜紀人と咢が顔を見せてくれなかったことを考えると、私は彼らに好かれていないのかもしれない。

少しブルーになりつつ鰐島海人の元に戻った。


「着替えたか」

「はい。サイズが少し大きめだったけど。鞄と紙袋、車の中に入れておいていいですか?」

「ああ」


私は運転席側の大きなタイヤによじ登ってドアを開けた。


「あ」

「あ…」


声を上げた私に、助手席にいた亜紀人も気がついて声を上げた。


「久しぶり、亜紀人」

「うん、久しぶり…。……ごめんね」


なぜ亜紀人が謝るのか分からず、鞄と紙袋を運転席と助手席の間のスペースに置いて私は聞き返す。


「なんで?」

「…ちゃんを、危険なバトルに巻き込んで…」


彼が心底申し訳なさそうに言うものだから、私の方が申し訳なくなってしまった。

慌てて言い訳をする。


「いや別に、バトルも一度してみたいなって(多分)思ってたから、うん。大丈夫だよ」

「でも、怪我するかもしれないんだよ?」

「あー、ええと。…咢にフォローよろしく頼みますって伝えてくれる?」

「……『自分の身は自分で守っとけファック!』だって」

「身も蓋もない…」

「『まあ、余程のことがあったら助けてやらんでもねぇけどな』」

「じゃあ、小さな事故でも余程のことに見えるように」

「『したら承知しねえぞ』」

「……オス」


項垂れた私を亜紀人は心配そうに見る。

私は苦笑した。


「余程のことがあったら助けてくれるって言ってるし、死にはしないと思うから」

「でも…」

「大丈夫だって。危なくなったら咢置いて逃げるから」

「…それなら良いけど……」


良いんだ。






「どうやら、東雲東中の南樹ってやつがこっちに来てるらしいぜ」


ブルズのリーダー、徳俵権造が鰐島兄弟の乗った車に話しかける。私はそこらへんの出っ張りに座っている。

そして周りの会話に耳を傾けていた。


「シムカさんやスピット・ファイアのダンナまで気にかけてるって話だ」


スピット・ファイアが「ダンナ」と呼ばれる年であるのかどうかはこの際置いておこう。

こちらの世界に来て日が浅い私にはそれがどのくらいすごいことなのかいまいち分からない。

本を読んだだけでは理解できないこともあるのだ。


「咢は気になるみてーだな。おい。お前はどうだ。気になるか?」


鰐島海人がトラックの窓に片手をかけて訊いて来る。

気になるか、というのはイッキのことについてだろう。


「気になるも何もクラスメートだし、友達だし」


そう言うと鰐島海人は意味深な笑みを浮かべ、ブルズの人は驚いた。


「お前、『空の王』候補のやつと知り合いなのか!?」

「うん」

「どうだ!?お前から見て南樹は!やっぱスゲーやつなのか!?」


徳俵権造は何も言わないけれど、チームの若者は興奮している。


「ただの中学生だよ。多分」


才能以外はね、と心の中で付け足して笑った。










デコレーションは無駄に派手で邪魔になるだけなので取り外したら皆驚いていた。

「あれは…」とか「伝説の…」とか聞こえたのだけど、皆さんそれは間違いです。

このエア・トレックは福引の商品です。


「…!来たぞ!」


誰かが下の方を指差して叫んだ。

私たちはバトルの準備のために少々高い所にいる。

亜紀人に至っては細い柵の上にエア・トレックで乗っていて危うさ満載なのだが誰も突っ込まない。

上に仏茶を乗せてフラフラしながら車がやってきた。

止まってドアが開くと、団子状態になった人々が一斉に転がり出てくる。明らかに定員オーバーだ。


「うわ!」


徳俵権造と鰐島海人が驚いていた。

兄の驚く顔は貴重なので携帯カメラにおさめておこう。

イッキ達はまるで遠足に来たかのようにはしゃいでいる。

徳俵権造がイッキに話しかけて犬山の話題で盛り上がっていた。

鰐島海人がため息をつく。


「おい、そろそろ始めたいんだが」

「そうだな」


イッキにおもり(みたいなもの)を渡して、徳俵権造を中心とする5人のメンバーは中央に並んだ。

亜紀人と私と鰐島海人もそれに倣う。


「5対3かよ。あのちっこい奴ら、不利じゃねえ?」


カズがそういうのが聞こえた。私は地獄耳らしい。


「つーか、あいつら、どっかで…って、あー!」


いきなりイッキが叫んだので、驚いてギャラリーも私たちもイッキを見る。

注目を集めた本人はそんなこと気にも留めていないようで、私と亜紀人を指差してなおも叫んだ。


「犬山とバトルしてたときにいたヤツら!!」


鰐島海人は訳が分からんといった様子で私と亜紀人を見た。

亜紀人は眼帯をずらして咢にかわる。


「あいつのバトル観戦しただけだ。何もしてねーよ」

「『空の王』候補だと知ってたのか?」

がおもしろいヤツだって言ってた」

「ほお…」


先ほどよりもさらに意味深な笑みを浮かべられた。

苦し紛れにバトルを促す。


「まあ、そんなことよりバトルを始めませんか」

「それもそうだな」


徳俵権造はエア缶にエンブレムを入れた風船を取り付けて膨らませた。


「……散!」


エア・トレックのゴングが鳴り響く。



「じゃあ、後は咢に任せるんで」

「オイ!」






任せるといったら怒られたので何とか戦闘参加しようと思うのだけれど、皆の動きが凄すぎてついていけない。

スピードを出しながら攻撃などという芸当が出来るほど上手くはないのだ。

咢がブルズの「キーパー」を攻撃した。


「何だあのチビ!すげえ!!」


観客が沸く。


「でも、女の方は全然何にもしてねーぜ。一体何のつもりなんだ?」


…う。

流石に後ろめたくなってきた。

キョロキョロとフィールドを見回し、風船を見つけると私はパイプなどの上に跳び上がりながら移動した。


!そっちに一人行ったぞ!」


咢の声が聞こえて、私は慌てて周囲を見る。誰もいない。上を見ると誰かが落下してきた。


「!」


私は驚いて後ろに飛びのく。間一髪で潰されることは免れた。


「風船は取らせねえ!」


ブルズのメンバーはそう言うと素早い動きで私の背後に回った。

そして蹴りを繰り出す。


「うわ!危ないってコレ!」


その蹴りを胸部スレスレで避ける。

流石Aクラス。強さが半端じゃない。


「こうなったら…」


私はエア・トレックに体重を乗せ、姿勢を低くしてブルズメンバーに向かった。

男が身構えるのをみて私は笑みを浮かべる。そして―――


「三十六計逃げるにしかず!!!」


男を攻撃すると見せかけて脇をすり抜け、逃げた。男が呆気に取られている隙は見逃さない。

ある意味で特技ともいえる身体能力を使わない手はない。

地面をダン、と思い切り蹴り、私は真上に跳んだ。


「何だあの女のジャンプの高さ…!すっげえ!!」


こういう声を聞くととても嬉しい。私は笑みを堪えられず、また隠しもしなかった。

勢いと調子をつけ、私はどんどん上に上がっていく。

走って上るのではなくジャンプで上っているので速く、先ほどの男は私に追いつく前に咢にやられた。

風船までもう少しだ。もう少しで取れる。




そのとき、不意に風が吹いた。

軽い風船は風に流されていく。思わぬ出来事に、私は必死で風船を目で追う。

風船の軌道上に徳俵権造が見えた。


「…っ」


風船を取られたら負けてしまう。

私は慌てて軌道修正をして徳俵権造のところへ跳んだ。


!お前は行くな!お前の技術じゃ…!!」


咢の制止の声はあまり聞こえなかった。




徳俵権造はクレーンを操作する。

ここからでは少し距離があるが、何とか一足飛びで行けるだろう。

私はパイプを蹴った。




――と同時にクレーンがものすごい勢いで私に向かってきた。

しまった、と気付いたときにはもう目の前に来ていた。

クレーンは固そうだ。いくら私の力が強くなっているとはいえ、クレーンを殴る蹴るして無事だろうか。

そんなことを考えている間にもクレーンは迫ってきている。


「…ああもう。骨折より命が大事だね」




ガキン!




私はクレーンを蹴った。クレーンは変にしなり、勢いをなくした。

その代わり私も勢いをなくす。





私は落ちた。





!!!」





咢が叫んだ。

下を見る。鉄骨だらけで落ちたら痛そうだ。痛いのはごめん被りたい。

だが、一本だけポールに良く似た形の丸い鉄パイプが私の真下にあるのが見えた。

イッキと仏茶がバトルしたときのことを思い出す。イッキはポールをエア・トレックの回転で上った。


――じゃあ、その逆は?


ポールを上るのではなく、下るとしたら。要は落下の勢いを少し殺せればいいのだ。そうしたら着地できる。

私にはやったことも見たこともない技だ。だが、


「試す価値はある」





私は笑んだ。















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UPPER SOUL 23ROLLがどんなものなのかも分かってないんですけどね。
2004.9.25

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