その子供が嫌いだった。子供らしからぬ言動が癪に障った。 色彩独奏短編集 鮮やかに咲き誇る満開の桜の木の下で、シ静蘭はわずかに目を細めた。 米倉の番人という、彼にとって甚だ楽な仕事を終えた帰りである。花々の隙間から覗く太陽は正中を過ぎて数刻、意図的に作った半日間の休日はまだ始まったばかりだった。 買ったばかりの花を下げ、人ごみを掻き分けて進む。飛び交う商談に耳を傾けることもなく、静蘭は商店の集まる通りを足早に通り過ぎていく。 目的地に到着した頃には大分日が傾いていて、どうやら今回もあまり長くはいられないようだと溜息を吐く。そうして目を落とした先の傍らに真新しい花が置いてあるのを見て、思わず己の手の中にある花を確認する。同じ花であると気付いた瞬間、静蘭は―― とても嫌そうな、苦々しさを極めた表情を浮かべた。 ※ ある幸せな年の春。静蘭は八分咲きの桜を見上げていた。首都・貴陽に聳える龍山、その麓に群生している山桜である。薄く赤みを帯びた乳白色の小さな花が風に揺られている。静蘭はその光景に思わず「綺麗だ」と呟き、横から聞こえた笑い声に奪われていた意識を呼び戻した。主が挿している薔薇と蝶の簪が声に合わせて揺れる。 「そうであろ」 「……はい。本当に、毎年のことながら龍山の桜には驚かされます」 「うむ、まこと見事じゃ。邸の庭院とはまた違った趣がある。カンザシもそう思わぬか?」 「ええ。春だというのに、まるで雪が舞っているようですわ」 『カンザシ』と呼ばれた少女が控えめに微笑んで答える。静蘭と少女の主――薔君は満足そうに頷いて、手に持った扇で桜を指した。 「今年の花見もここで決まりじゃ。天気も良い、まかり間違って雷雲が来るなどということもあり得ぬ。カンザシ、山道口の軒に秀麗と邵可を迎えに行くよう言ってきてくりゃれ」 「かしこまりました、奥様」 そう言ってカンザシは優雅に一礼をすると、軒に向かって歩いていった。色とりどりの簪が陽光を反射し、上品に重ねられた衣が風に揺れる様を見つめていると、はるか昔の思い出が蘇ってくるような気がして、静蘭は慌てて視線を桜に戻す。 静蘭がカンザシという少女と初めて会ったのは数年前、まだ彼が「公子」と呼ばれていた時期のことだった。第二公子付きの女官として入朝した彼女がご機嫌伺いに来たのが始まりである。 それが流罪になり、茶州に流され、紆余曲折を経て紅家家人としての生を歩み始め――まさかまた出会うことになろうとは、聡い静蘭にも予想だにできなかった。――しかも、紅家家人という『同僚』として。 家人として職場を同じくする人々に紹介されたとき、一瞬にして事情を察し口を噤んだ聡明な少女は何くれとなく静蘭の世話を焼いてくれた。それがもともと『清苑』に仕えていた名残なのか、はたまた単に使用人としての暮らしに不慣れな静蘭を慮ってのことなのか、その辺りは全く持って不明瞭であったが、事情を聞こうとしない彼女の姿勢は静蘭にとって確かに安心できるもので、何かと彼女と一緒に過ごすことが多くなった。 周囲の人々はそれを恋だの愛だのと思っているようだが、それは違うと彼は思う。 静蘭は恋心や愛などといったものを彼女に感じてはいないし、彼女にしてもそうだろうと確信してもいた。どちらかというと姉が弟の世話を焼いている感覚に近いのではないだろうか。一般的な兄弟事情をしらないからうまく言えないがと、興味津々に尋ねてきた主夫妻に冷や汗を流しながら弁明したことは記憶に新しい。 「なんじゃ静蘭、カンザシを追うのなら今のうちぞ」 「奥様……何度も説明したではありませんか。私とカンザシ姫はそのような関係ではありません」 「照れるでない、若いうちは恋に悩むが花じゃ。すぐに決断できず迷うも一興。ふむ……では次はどのような策を練ろうかの」 「…………」 何を言っても無駄だと額を押さえた静蘭が木の幹にもたれるまで数秒。乾いた笑いを浮かべ明後日の方向を見た彼の瞳に、この場に似つかわしくない『何か』が映った。 「……?」 「どうした?何か面白いものでも見つけたか」 「いえ、そういうわけではないのですが……」 あれを、と静蘭が指差した先は一際大きな幹を持つ桜の下だった。萌黄の衣がわずかにのぞいており、小さな人影が幹の裏に座っているようである。衣の色が草と同化しているから今まで気付かなかったのだろう。 「おや、童かの。――そこな小童!出てくるが良いぞ、咎めはせぬ。おぬしが先に来ていたのなら妾(わらわ)達の方こそ余所者じゃろう」 その声に小さな影がびくりと震える。しばらく待っても動こうとする様子がないことに首を傾げた薔君が子供の方へ行こうとするのを静蘭は止め、警戒しつつ大桜のもとへ足を進める。 足音に気付いたのか子供はますます身を隠すように縮こまる。その姿が自身の弟と重なり、奇妙な既視感をもたらす。あまりに無力な様子に害は無いと判断し、静蘭は反動をつけて子供の正面へと回りこんだ。 「――っ!」 「……なんだ、泣いていたのか」 「だから隠れていたのに……!」 「奥様がお前を呼んでいる。さっさと行け」 「……嫌です。こんな顔で出て行きたくありません」 「お前の事情など関係ない」 これ以上話しても押し問答だろうと、静蘭は子供の衣を掴むと勢いよく持ち上げる。 「ちょ、なにっ、……苦しいです、離してください!」 溜息を吐き、子供を立たせると両手首を合わせて逃げないようにしっかり捕まえる。一体何なんだと抗議する子供に一瞥をくれ、構わず静蘭は薔君のもとへ向かう。ふと、気になったので聞いてみた。 「何故泣いていた」 「関係ないでしょう。わた…俺にだって、泣きたいときくらいあります」 だからこんな辺鄙な場所で泣いていたというのか。 ――『変わり者』の紅家夫人とカンザシ以外見向きもしないこの場所で? 静蘭は疑問に思うが、理由を問いただしたところでどうなるわけでもない。とにかく主に引き渡すのが先決だと、やたら嬉しそうな顔をしている薔君を見て、考える。 薔君に頭を撫でられ、抱擁され、何がなんだか分からないまま礼を言われて戸惑っている子供――少年は、名を聞かれて戸惑いがちに「」と名乗った。 「まさかおぬしとまた会えるとは思わなんだ。嬉しいぞ。あの時はよく秀麗を助けてくれた。礼を言う」 「あれは成り行きです。助けようと思って助けたわけではありません」 「それでもじゃ。あの時、妾たちがどれほど心配したか……戻ってきたときは奇跡じゃと思うたぞ」 「そんなことはないでしょう。紅家ならすぐに連れ戻せたのではないですか」 「『檻』だけは別じゃからの。いかな彩七家といえど手出しできぬ」 「……ふうん」 驚いたように薔君を見るを見ながら、静蘭は記憶を必死で整理していた。薔君が会ったというのなら、大抵付き従っていた自分もと会った可能性があるからだ。しかしいくら探しても該当する人物に思い当たらない。秀麗が関わっているならなおさら知っているはずなのだがと、小さく舌打ちする。 それが聞こえてしまったのか、が振り向いた。 「あなたは覚えていないと思います。もしも覚えていたとして、それが俺だとは気付かないかもしれません」 「……どういうことだ」 「そういうことです」 静蘭の堪忍袋の緒は何十本もの細い糸でできている。最後の一本が切れたときにそれまでの怒りも同時に爆発する按配である。今、静蘭は、そのうちの一本が切れるのを確かに感じた。 を見るとすでに静蘭のほうなど見ていない。それほど泣き顔を見られたのが悔しかったのだろうかと、静蘭の切れた緒がやや修復しかけて――再び一瞬だけ静蘭を見てすぐさま視線を逸らしたの姿に、十数本が一気に切れた。 「ところでよ、なぜ蹲っていたのじゃ?具合でも悪うなったか?」 「いえ、桜の下に座って見上げる花もまた美しいと思いまして。満開の時期でしたら、降り注ぐ花吹雪が一層映えて見えますよ」 「そうなのか!今度試してみるとしよう。といいカンザシといい、桜に詳しい者が多くて嬉しいのう」 息をするように自然に嘘を吐くに、静蘭の怒りがまた一本切れる。 は耳慣れない名前に首を傾げた。 「……カンザシ?」 「妾の侍女じゃ。よく気のつく姫で、頭も良くての。色んな話を知っておる。題は何といったか」 「白雪姫と灰かぶり姫です、奥様」 静蘭が助け舟を出す。そうじゃそうじゃと薔君は嬉しそうに笑う。ふとを見れば、これ以上ないほどの驚きに表情を染めていた。 「し……白雪姫と、灰かぶり姫……?」 「なんじゃ、知っておるのか?」 その反応に、薔君だけでなく静蘭も意外に思う。カンザシが寝物語として秀麗に語る場には薔君や邵可だけでなく静蘭もいたのだが、どれも聞き覚えのない話ばかりで、彼女の知識の広さに驚いたものだった。秀麗が得意げに他の家人に話すも、誰もが知らない話だと面白そうに耳を傾けていた。 それを、桜の下で泣いていたような少年が知っているとは露ほども思っていなかったのである。 「それ、どこの話だとかは聞きました?」 「白雪姫は藍州で、灰かぶり姫は茶州じゃったかの、静蘭」 「確かカンザシ姫はそう言っていましたが」 「…………」 考え込むように顎に手を当てるを見て、そういえばカンザシはどうしたのだろうと考える。邸に残っている主人と姫君を迎えに行くよう伝えに行ったにしては帰りが遅い気がする。薔君もそれを思ったようで、「カンザシが早く戻ってくればどこの話かはっきりするのじゃが」と呟いた。 はた、と静蘭の頭に一つの仮説が浮かぶ。 「もしかしたら一緒に迎えに行ったのかもしれません」 「カンザシが?……ああ、そういえばそろそろ秀麗が起きる時間か。存外ここまで来るのに時間がかかってしまったからな、ぐずっているやもしれぬ。それでか」 「ええ、多分」 「ほんに静蘭はカンザシのことをよう分かっておる。それで恋心がないというのも変な話じゃ」 黙って会話を聞いていたが小さく零す。 「――理解と愛情は別物ですよ」 きょとん、と薔君が目を丸くする。は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。 その顔が癪に障って、気がつけば静蘭は嫌味を返していた。 「まるで経験があるような言い草だが、子供が粋がるものではない」 は少し悲しそうな顔を見せ、「経験したくてしているわけじゃない」と言い返す。今も経験しているかのような言い方がますます憎らしく、今度は自覚してを睨みつける。それに気付いたのか、戸惑いがちにが視線を合わせてくる。そうしてしばらく睨みあっていたが、コホン、と薔君が咳払いを一つしたのを切欠に我に返り、やや気まずくなって顔を背けた。 「どうも静蘭とは反りが合わぬのう。若いうちはそういうこともあると聞いておったが、予想以上じゃな」 「……申し訳ありません」 「よい、静蘭。謝ることではない。むしろ若いうちにぶつかり合ったほうが良いのだとも聞いておる」 「…………つかぬ事を聞きますが、奥様。……どなたからお聞きになったのですか?」 「カンザシじゃ」 あの姫君は主に何を吹き込んでいるんだと、再び静蘭は額を手で覆う。 はそんな静蘭の姿に少し嬉しそうに笑って――それが静蘭の堪忍袋の緒をあと数本というところまで減らした――ふと、眩しそうに目を細める。 「どうした?そんなに陽は強くないはずじゃが」 「ああ、いえ。……ああ、その簪です。玉に光が反射したんですね」 「これか?まあ確かに玉は入っているが、そんなに多くないぞ。おぬしがよほど太陽に好かれているのであろ」 「どうでしょう。逆に嫌われているんじゃないでしょうか」 薔君が差し出した簪を、は手にとって眺める。薔薇と蝶の飾りがあしらわれた簪は、確かにほんの少しだけ玉がはめ込まれている。 「薔薇の簪とは珍しいですね」 「妾の呼び名が『薔薇』じゃからの。これを贈った人間は、この間同じ理由で百合の簪も用意していたぞ」 主人の弟君のことだと分かって、静蘭は心中複雑である。邸を訪れるたび、秀麗の世話役をしている自分に数え切れないほどの文句と嫌がらせを残して去っていく人物で、そんなに好きならきちんと名乗って秀麗と接すればいいのにと思うが、どうやら名乗れない理由があるらしい。そして鬱憤を溜め、静蘭にあたるのである。 薔君とを見れば、いつの間にか簪の細工について談義をしている。に向けて、お前は飾り好きの娘かと嫌味を言おうとするが、その表情が真剣そのものだったためなんとなく口を閉じる。 そもそも少年が名乗ったときから思っていたが、『』はこの国でも有数の商家の家名である。同じ名前の一族がいるとは聞いていないため、でははやはり家の人間なのかということに思い至り、そう考えれば細工に対し真剣になる理由もおぼろげながら分かってくる。将来的に細工物の自家生産を行うつもりなのだろう。 「妾も家には世話になっている。おぬしのところが持ってくるものはどれも良いものばかりじゃ」 「ありがとうございます」 「飾り細工も期待しておくぞ。………ふむ、家か」 なにやら思案し始めた薔君に、は静蘭に疑問の眼差しを向ける。静蘭にも、あの会話の流れからどうして考え込むことになるのか分からなかったため、暫し両者は顔を見合わせることになる。 まもなく、薔君はポンと手を叩いた。 「勝負をしよう、」 「……勝負ですか?」 「そうじゃ。なに、簡単なことじゃ。静蘭に合図をしてもらって、一定時間内に落ちてくる桜の花びらを多く取った方の勝ちとする。おぬしが勝ったらとっておきの酒をやろう。妾が勝ったら――」 そのとき、急に強い風が吹いた。 静蘭だけを引き離すように花びらが壁を作る。風の向こう側で、の目がゆっくりと見開かれていった。 ――それから。 勝負はあっけなく終わり、はわずかに悔しさに顔を歪める結果となった。それから吹っ切れたように大爆笑し、約束は守りますと言い残して山を降りていった。 しばらくしてカンザシが秀麗と邵可を連れて戻って来た。薔君が面白そうに、 「お前の話す物語を知っている小童と出会ったぞ」 と告げるとカンザシは泣き出した。静蘭も、薔君や邵可、秀麗がオロオロとする中、心底幸せそうな表情で、 「いずれ、その方にお会いしとうございます」 と言った。 それを見て静蘭と紅一家は彼女の想い人とやらを悟り、それから静蘭に対し、「カンザシ姫と静蘭を応援しよう計画」が行われることはなくなった。ちなみにこの計画名を知った瞬間、数十本あるはずの静蘭の堪忍袋の緒が全て切れたのは事実である。 そんな、ある幸せな年の春。 ※ あれから五年。その間に様々な出来事があった。 薔君が逝去し、家人は全て姿を消した。それはカンザシも例外ではなく――彼女が他の家人と違ったのは、実家へ強制的に呼び戻されたという点である――大きな邸には男主人と幼い姫君、静蘭の三人しか残らなかった。 金目のものは悉(ことごと)く持ち去られ、薔君が大切にしていた薔薇と蝶の簪もいつの間にか消えていた。 せめて簪だけは取り戻したいと思うものの、ほどなくして内乱が勃発したため叶わなかった。宮城にいるであろう末の公子の安否に気を揉みながら、何とか主人と姫を守らねばと奔走して幾月。乱が鎮静し、城下が少しずつもとの姿に戻り始めて数年。いまだ多少の混乱はある。先日も下町で大きな喧嘩が起き、それをどうやら藍家の人間が鎮圧したらしいという理解に苦しむ話を耳にしたが、命の危険を感じるほどではない。 落ち着いてくると、周りのことも見えてくる。 一番意外だったのは、カンザシが後宮に入ったという情報だった。米倉番人をする傍ら兵士たちの噂話に耳をそばだて、必要な情報とそうでない情報を選り分ける中で掴んだものである。 病の床にある王が娶った最後の妃。高い位は与えられず、王の訪問すら一度もない。簪姫の呼び名の通り、様々な簪を持つ美貌の姫。 第二公子の侍女として一旦は入朝しておきながら、公子の流罪に遭った悲劇の姫。 にもかかわらず彩七家でも際立って格式高い紅家の奥方の侍女となった幸運な姫。 実は第二公子の侍女として仕えていた時から第一公子に懸想していたという悪姫。 第六公子をかばって立場を悪くした、頭の悪い低位の妃。 最終的に第一公子とともに獄死した、稀代の悪女。 好き勝手に飛び交う噂に、やがて静蘭は耳をふさいだ。カンザシに何があったのか、静蘭は知らない。今の立場ではカンザシを擁護することもできない。 ただ、一際美しかったという『薔薇と蝶の簪』のことだけ、気になった。 静蘭は毎年春と夏と冬に一人で龍山に登っている。薔君の墓参りをするためである。秋だけは、山菜取りのため秀麗と行動を共にすることが多いので、彼女の気持ちを考えて墓参りは控えている。 夏は、命日に。 冬は、墓に積もった雪を払うため。 そして春は――主が大好きだった花見ができるよう、桜の枝を持って。 だから静蘭は、冬に時々薔薇が供えてあることを知っている。当初は季節の花ではないのにと疑問に思っていたが、やがて、それが彼女の義弟――紅家当主・紅黎深の供えたものであると分かってから、薔薇に積もった雪もついでに払うようになった。 手に提げた桜を墓の前に置いて、墓石に積もった山桜の花びらを手で払う。白に近いそれとは違い、供えた桜は鮮やかな桃色である。常は近くの枝を手折っていたが、たまには趣向を変えるのも良いだろうと考えた。 ただし――同じ考えを抱いていた輩がいたことは予想外であった。 静蘭の供えた桜の横に供えられた、もう一本の紅桜。紅一家が花見好きというのは家人以外に知る者はなく、その家人もほぼ全員不幸な末路を辿っているから、この墓に桜を置く人間は限られてくる。 心から嫌そうな顔をして、静蘭は胸中で毒づく。何年経っても静蘭はが嫌いだった。 ふと墓の横、石畳の隙間に何かが刺さっているのに気付く。何だろうと思って手を伸ばしかけたところで、静蘭は息を呑んだ。 薔薇の花細工が揺れる簪。控えめに嵌められた玉も何もかもが記憶の通りだった。ただ――蝶がいない。 「……あのガキ」 シャラ、と細工が風に揺れる。静蘭は膝をついて、簪を手でそっと撫でた。 満開を迎えた桜が花びらを散らしている。その芳香につられて来たのか、色鮮やかな羽を持った蝶が作り物の薔薇に羽を休めた。光の加減で何色にも輝いて見えるその羽に、静蘭はカンザシを思い出す。 上を見上げればまるで雨のように花びらが降ってくる。圧倒的なその光景に静蘭は息を止めて―― 「あのくそガキ」 そう言って、両手で目を覆った。 その子供が嫌いだった。子供らしからぬ言動が癪に障った。 ――それが、過去の自分を見ているみたいだからだと、気付きたくなかったのだ。 --------------- 2010.4.25 top |