26. 「お前の能力が見たい」とクロロは言った。その次に「まあ普通念能力者は能力を知られることは好まないが。報酬代わりにということでどうだ」と。は困惑する。これは念能力ではない。そう言うとクロロもいささか困惑したようだった。 「念能力ではない?念を封じる手錠で封じられていたのにか?」 「そこら辺私にも分からないんですけど。とりあえず念じゃ……あーでもここには魔力の概念ないか……じゃあ念なのかもしれない。でもなあ」 「魔力?」 「以前いたところでは『魔法』と呼ばれる不思議な力があったんです。で、それを使うには『魔力』が必要でして。その魔力が念……オーラと類似しているものだとすれば私は念能力者ですが」 前の世界では魔術師は紋章を宿してその力で魔法を放っていた。紋章をこちらで言うところの『媒体』だと仮定すれば一応の辻褄は合う。はそう説明するがこれはしょせん戯言。世界が違うのだから魔力と念も当然違う。比べることなど出来ない、互いに不可侵の存在なのだ。だからの説明はただの言霊、納得させるための詭弁である。 クロロはじめ団員たちはその説明に一応の納得を見せた。 「まあつまりお前は念能力者ってことで」 「便宜上そういうことにしておきます」 体格のいい男性がを見下ろしながら言う。風体からしてウボォーギンであることは間違いない。見上げて首が痛くなるような人物がそうそういてたまるか。 「とりあえず念能力者なら念が使えるな。見せてもらおう。何が出来る?」 「一応一通りのことは。決まった必殺技はないので浅く広く」 の右手に宿る紋章(といっても模様などが浮かび上がっているわけではない。宿っていると感じるのみである)はその名を『天球の紋章』という。大抵のことは出来るらしい。火を起こすことも出来れば天候を操ることも出来る。怪我を治すことも出来れば瞬間移動も出来る。オールマイティー完全無欠なのである。 しかしその分のリスクはきっちりあるらしい。膨大な魔力を使うのだそうだ。人にあらざる魔力の持ち主である(らしい)は今のところそのリスクをリスクだと感じたことはないが。よく考えれば自分はトンデモ人間だ。 それから呪いもある。天球の紋章は「人を憎むことが出来ない」らしい。それに関しては以前いろいろとあったのでいやというほど身にしみている。 (でも) は男を思い浮かべる。自分をこの世界に呼んだ元凶であろう男に。一年前のクロロとパクノダの言葉から推測するに今は故人であると思われるが、あの男に関してはははっきりとした憎しみを抱いている。 (……呪いが弱まっているのか) そもそも紋章の呪いは以前いた世界の理(人の命は星に例えられる)に則っているものである。この世界では人の命を星に例えることは理ではないはずだ。呪いも戸惑っているのだろうか。そう考えると可笑しかった。 はそこまで考えてかぶりを振った。今は目の前の旅団に能力を披露することが先決だろう。団員、特にフェイタンという比較的小柄な人物のイライラが高まっているのが分かる。正直怖すぎる。は右手を出して少し集中した。集中せずとも言葉にすればいいのだが何となく集中した。恐怖からの逃避かもしれない。 「……おお。本当に火が出た。すげーなお前」 「どうも」 「他のも出せるか?えーと、水とか」 「出来ます。はい」 「すっげーすっげー!よっしゃもう一丁、酒たのむ!」 「へいらっしゃい。とっくりとお猪口もおまけだ旦那」 「お前ノリいいな!」 ウボォーギンはの頭をガシガシ撫でる。痛い。痛すぎる。そう思うが相手は旅団。逆らったらどうなるか分かったもんじゃない。は酒を片手に上機嫌なウボォーギン(といつのまにかお酌をしているシズク。新入りらしい)を傍目にクロロに向き直った。 「こんな感じです」 「具現化系か…。いやしかし炎まで具現化するとはな」 弁解するのは余計な混乱を招くだけであると思い、その場は黙っておくことにした。クロロは言う。 「旅団に入らないか?正式メンバーに空きはないからポジション・ショッカーで」 は頭を下げた。ショッカーを知っているクロロに心の中で突っ込みを入れながら。 「私は坊ちゃんの世話役なので」 27. 流星街を後にし試しの門へと戻ってきたゴトーとはこの家の現当主・シルバとかちあった。 「お帰りなさいませ」 ゴトーはそう言って頭を下げる。もそれに倣った。シルバはをじっと見て何か思案するそぶりを見せた後「ああ」と言って「顔を上げなさい」とゴトーとに言った。 「君がキキョウが連れてきたという子だな。話は聞いている。どうだった。除念はできたか?」 「はい。シルバ様はじめ皆々様の御厚意には大変感謝しております」 「そんなに畏まらなくていい。聞けばキルの遊び相手もしてくれているそうじゃないか。あいつはやんちゃだから遊ぶのにも一苦労だろう。君と遊んでいるおかげでいい気晴らしが出来ているのか、訓練も最近効率がいい」 「それはようございました」 シルバは一つ頷いてゴトーに言った。 「ゴトー、イルミとミルキに連絡を取ってすぐに呼び戻せ。伝えることがある」 「かしこまりました」 「……まったく、割に合わない仕事だったな」 そう言ってシルバは試しの門を開けた。どの扉まで開いたかは開いた門が大きすぎて数字が見えなかったので分からない。 28. ある日はいつものように境界線近くの木でキルアとの一方的な遊びをしていた。 「へっへー。見ろよ。これスケボーっていうんだぜ!じーちゃんが買ってくれたんだ」 「ゼノ様がですか?それはよろしゅうございましたね」 「じーちゃん、孫には甘いからなー。ま、その分訓練は厳しいけど。いつかにも貸してやるよ」 「まあ。……あ」 はカナリアのほうを見る。カナリアはじっと境界線の向こう側を見ていた。がカナリアの視線の先に目を向けると、大勢の男たちがこちらに向かっているのが見えた。先頭にいるのは誰だったか。確かシークアントとかいう人物だったように思う。記憶が間違っていなければ。 「おい、そこを通してもらおうか」 「だめよ」 「ガキだからってゾルディックの人間にゃ俺ら手加減しねえぜ?早いうち退いたほうが身のためだと思うがな」 「この先も、そしてあなたたちのいる場所も私有地なの。勝手に入ることは許されないのよ」 「じゃあ門に鍵でもかけとくんだな」 男たちの青筋が一本、また一本と増えていく。はカナリアに近寄った。 「大丈夫?」 「ええ、様のお手は煩わせません」 「信用してるよ。もし怪我したら私のところに来てくれれば治すから」 「ありがとうございます」 はキルアの元に戻るとキルアに言った。 「さ、キルア様。今日は何をなさいますか」 「ってば手錠外れたとたんデタラメに強いんだもんなー。何で?」 「魔法使いですから」 「……いっつもそんなこと言ってるけど。恥ずかしくねえの?」 「事実です」 「………。別にいいけどね。じゃあ今日は鬼ごっこエピソード2・イノシシの攻撃」 「じゃあイノシシ群棲地に行きましょうか」 「むー…。いつかゼッテー追い越してやるからな!」 29. 執事室にはに与えられた個室がある。家具などを買う暇はないので備え付けてあったベッドと箪笥があるだけの部屋である。体調管理も兼ねた休日にはベッドに寝転んで思考をめぐらせていた。 銀河の祖母(先日捕まった。装飾品が全部割れていた)が言うには自分は「いずれ戻れる」らしい。以前少しは足しになるだろうと思って空間・次元理論の本を執事室書庫から探し出して読んでいたが、いずれ戻れるのならばこのまま流されていても問題はなさそうである。 また、天球の紋章に関してであるが、これは大っぴらには使えそうにない。気付かれぬよう持っている荷物を一ミリばかり浮かすなどする分には大丈夫だろうが、人間が炎を出して騒ぎにならないはずがない。キルアとの遊びではキルアが追いつく前に少し体を浮かして飛んでいる状態であるがいずれそれもしなくなるだろう。イノシシは言うに及ばず。紋章で気付かれぬよう動きを封じて仕留めている。 一見して狡い行為のように見えるが実際はちっとも狡くないとは思う。その分自分はリスクを払っているのだから。もう少しそういう自覚を持たないと紋章が可哀想だと言ったのは誰だったか。思い出である。 は起き上がった。執事室の庭に出て花を愛でながら空気でも吸おう。ついでにこの部屋の窓も開けておこう。ベッドから降りて窓を開け、一階に降りて扉を開けた。 「………」 「や」 「…………あ、申し訳ございません。イルミ様。何か御用でしょうか」 「キルの世話役って誰?」 「わたくしでございます」 「へえ、君が?……ふーん」 イルミはを品定めするように見た後「うん」と頷いた。 「よし、やろうか」 「何をでしょうか」 「殺し合い」 「…………」 は絶句する。イルミはそんなに構わず準備を進めているようだった。「どこがいいかなーうーんまあここでいいか。君いつもスーツだけどまあ動きやすいからいいよね。よし服装OK」は慌てる。 「おまちください。わたくしは使用人です。主人に対し攻撃するなど」 「ん、オレが許す」 「……いやあのそうでなくてですね」 しかしが説得する前にイルミは彼の武器である太いマチ針のようなものを取り出した。そしてに向かって投げる。は慌てることこそしなかったものの少々辟易する心を誤魔化すことは出来なかった。カキンと音を立てて針は地に落ちた。はそれを拾い上げる。 手錠が外れてからずっとは薄い結界のようなものを体の周りに展開させている。そうでもしないとここで無事にいられそうにないと思ったからだ。手錠が外れたことを知るやいなやキキョウが「修行」と称してカルトを刺客に差し向けてきたしキルアも誰から聞いたのか拳の勝負を提案してくる。そのたびには結界で身を守りながら逃げているのである。 の身体能力は、キルアの遊びで多少体力が増えたことを除けばまったくの普通人なのだから。 「へー凄いんだ。オレの針をそんな受け止め方でかわした奴はじめてだ」 「恐れ入ります」 「うーん……そういや君殺すとキルが怒るなあ。あ、カルもか。弟二人にいっぺんに嫌われるのはキツいかな」 「弟思いでいらっしゃるのですね」 「君のキルの可愛がりように比べたら大したことないけど。今日はもういいや。またいつか来るよ」 「承知しました。ですが逃げさせていただきます。そこまで強くありませんので」 「それって謙虚?それとも嫌味?……君の名前は?」 「と申します」 「ね、……よし覚えた。じゃあね。今度は不意打ちくらわすから」 去っていくイルミを見て、は深いため息をついた。 (死ぬ確立上がったな……) どうやらやはり天球の紋章は自分になくてはならないもののようである。 30. 3年が経った。自分がこの世界に来てからは4年経った計算だ。キルアももうすぐ12歳。この日キルアとはいつものようにカナリアが番をする境界線の近くの木で談笑していた。 「なあ、前から聞きたかったんだけど。っていくつなんだ?」 「年齢でございますか。キルア様、わたくしだからよろしいのですが他の女性に年齢を聞いてはいけませんよ」 「分かってるよ。だから聞いてんだろ?で、何歳?」 「忘れました」 「はあ!?何だよそれ。自分の年忘れるか普通」 「そうおっしゃられましても。では永遠の17歳ということに」 「……外見で否定できないからやっかいだよなそれ。お前ホントに変わんねーもん」 キルアは深いため息をついた。成長した彼はこの世界に関するの記憶の中で最もポピュラーな姿をしている。少年の成長は本当に早いものだなとは妙な感慨にふけった。 何を思ったのか暫くキルアは黙る。は何とはなしに空を見る。少し曇っていた。今夜あたり降り出すかもしれない。 「なあ、」 それは普段の彼からすれば極端に弱弱しい声だった。は少なからず動揺するが努めてそれを表情に出さないようにした。何にせよ尋常ではなかった。 「オレ、家を出たい」 キルアはそれきり何も言わなかった。は「そうですか」と言った後の言葉を続けることが出来なかった。キルアは時折何か言いたそうな表情をこちらに向けたが最後まで何も言わなかった。 その夜、キルアは家出した。 back top next |