天球ディスターブ 20





「どうしてさんとルックがここに?」


フッチはあどけなさの残る顔を疑問の色で満たし、首を傾げた。

少々リアクションが小さい気がするのは、フッチとハンフリーが解法戦争後すぐに旅立ったため、

の失踪に関する情報がうまく行き渡らなかったせいなのだろう。

対するは笑顔を浮かべながらそれに答える。


「息抜きだよ。フッチ達こそ、どうしてここに?」

「僕はハンフリーさんと旅をしているんです」

「へえ、珍しい組み合わせだね」


が驚いたように言う。

は階段を上ってきた位置のまま、目の前の事態と記憶を照らし合わせていた。

――「竜の子」イベントだ。

イベント、という言葉に些か違和感を感じる。

どうやら自分はこの世界を「ゲームの世界」だと割り切れなくなってきているらしい。

それは喜ぶべきことなのか悲しむべきことなのか。


「帰る方法があるなら悲しむべきだけど」


思い入れが強くなればなるほど別れるときに辛い思いをする。





「そっちの人は?」


フッチに話しかけられ、思考を中断させる。


です」


至極普通に言ったつもりだ。

だがフッチは「よろしくお願いします」と言ったきり、と目をあわせようとはしなかった。

内心傷つきながらとルックに目を向けると、は苦笑し、ルックは眉間に皺をよせて溜息をついた。


「フッチはオクテらしいね」

「まったく…」


少年は異性に対して多感な年頃らしかった。






ルックは2部屋取りたかったらしいのだが、宿の経営方針のせいで1部屋しか取れなかったらしい。

曰く、「大事のときのために、1部屋は常に空けておく」。

つまりルックが部屋を取ったとき、既にあと2部屋しか空いていない状況だったのだ。

特に荷物は持ってきていないので荷解きの必要はなく、部屋の窓を開けて、それから買い物に行くことにした。

泊まりで着替えが無いのは苦しいが、先ほど初めて宿泊の件を聞いたのだからしょうがない。

フッチとハンフリーは隣の部屋だそうで、夜あたり「積もる話」をするのかもしれない。


「じゃあ、行こうか」


窓を固定し終えたが言った。


「さっさと行くよ」


ドアに背をもたれていたルックがドアを開ける。

は今更ながら見目が良い二人といることに少々気恥ずかしい思いをしつつ、

それでも表面上は冷静を装って、ドアに向かった。








交易所。

様々な所から集まった商人や買い物客でごった返している、かと思いきや、意外と人は少ない。

今が同盟軍とハイランドの戦争中ということもあるのだろう。

ただ品物は豊富で、いろいろと珍しいものもあった。

グラスランド・カラヤの民族衣装、弓矢、群島諸国からの貝の装飾品、カナカンの酒。

そのどれもがの気を引くのに十分なものを持っていたが、ふと顔を上げたの目に飛び込んできた旗。



炎の英雄の軍旗。



売り物ではないのだろう、額に入れられて飾ってある。

炎の英雄の軍旗と分かったのは旗に真の炎の紋章が描かれていたからだが、少々古く、所々破けている。

は店の主人らしき男に尋ねた。


「すみません、あれなんですけど」

「あれ?…ああ、あの軍旗ね。嬢ちゃん、悪いがありゃあ売り物じゃないんだ」

「分かります。あれ、本物なんですか?」


主人はの言葉に驚いたようで、目を見開いた。


「ほう、嬢ちゃん『炎の英雄』を知っとるのか。俺はグラスランドの出身でね。

35年も前の話なんで俺もまだガキだったんだが、親父が戦争に参加していた名残だよ、これは」


35年前にグラスランドとハルモニアの間に戦争が起こった。

そのときに活躍したのが「炎の英雄」である。

彼はグラスランドにつき、ハルモニアと50年の不可侵条約を結んだ。

――あと15年でその条約は切れる。


「15年後にゃハルモニアがグラスランドに進軍するだろうがな。この人ぁ、英雄だよ」

「進軍されると分かっていて、それでも英雄だと言うんですか」


主人は笑った。


「束の間の幸せでも、騒乱の時に皆に希望を与えた御人だ。英雄だよ。

まあ、完全な平和を取り戻した奴ばかりが英雄じゃねえってこった。英雄の基準なんてあやふやなもんだよ」


英雄を持たない民は英雄を欲する。「希望を与えてくれ」と。

しかしそれは違う。英雄が希望を与えるのではなく、希望を与えた者がのちに英雄と称されるのだ。

そう主人は言い、豪快に笑った。


「他に聞きたいことはあるか?」

「ないです。ありがとうございました」

「いやなに、俺も久々に炎の英雄のことを話せて楽しかったよ。ところで、何か買いたいもんは?」

「いえ、特には」

「そうか。また炎の英雄について聞きたくなったときは来るといい。俺の知る限り語ってやるから」


は小さく会釈をして、店の前で待っているだろうとルックのところへ走った。






「お帰り。何か買いたいものはあった?」

「なかった」

「そっか。他の店も見る?まだ夕食まで時間があるけど」


は空を見上げる。微かに夕日の橙が建物を照らしていた。

結構な時間、店にいたらしい。


「待たせてごめん」

「いや、久々にルックと話したし、楽しかったよ」

「積もる話?」

「そう。…半分以上ルックの文句だった気がするけどね」

「失踪するのが悪いんだろ」

「あはは、ゴメンってば」


眉根を寄せたルックと笑って受け流すは案外相性がいいのかもしれないと思った。

ふと視線を宿屋の方に向けると、フッチらしき少年が誰か知らない少年と話しているのが見えた。

フッチは何かを少年に見せ、少年はそれをまじまじと見つめる。

そのあと二人は別れ、フッチは宿屋に入っていった。


「………」


は記憶を探る。とルックの応酬はまだ続いている。

そして、どう考えてもこの先に待つのは自分の苦手なシチュエーションだということを悟ると、溜息をついた。



二人の応酬が終わるのを待って宿屋に戻ると、予想通りフッチたちと話すと、その一行がいた。







宿に入った瞬間、目に入った後姿に体が強張るのが分かった。

逃げ出したい衝動を抑えて、それでもとルックの背に隠れるようなかたちで階段に近づく。

気付いたフッチが「あ、お帰りなさい」と声をかけた。


「あれ?ルックに…さん?」


たちに気付いた。

その他のパーティーメンバー…正確にはナナミ、フリック、ビクトール、キニスン、シロの5人もこちらに気付く。

ナナミは嬉しそうな表情を浮かべて駆け寄り、フリックとビクトールは驚いていた。がいるからだろう。


ちゃん!」


は笑みが引き攣るのを自覚しながら、努めてそれを表に出さないようにした。


「久しぶり、ナナミちゃん。すれ違いが多かったから懐かしいよ」

「もー、ちゃんってば、あたしたちがグリンヒルに行ってる間にサウスウィンドウに遊びに行くんだもん!」


ずるい、と言うナナミを尻目に、そういうことになっているのかと心の中で一人ごちる。


「そうですよ。次に行くときは言ってくださいね。嫌でもついていきますから」


僕達も遊びに行きたいです、とナナミとアイコンタクトを交わしたが言う。

は苦笑した。


「うん、ごめん。分かった。次は一緒に行こう」


自分も行ったことはないのだけれど、とは言えなかった。





がフリックとビクトールに詰め寄られている。


「お前、俺達がどれだけ探したと思ってるんだ!」


と、フリック。


「全く、無事でよかったが、一体今までどこにいたんだ?」


と、ビクトール。

は笑いながら二人の言葉を聞いていた。

そしてボソリと呟く。


「…最後の最後で行方眩ませた奴等の言うことじゃないよね」


黄色い大人と青い大人は青褪めて閉口した。







は巧妙に英雄であることを隠しつつに馴れ初めを話した。知っているとは言わないし言えない。

ルックもフッチもハンフリーもフリックもビクトールも、そして自分も、3年前の戦争の同士であるということ、

自分はある事情で旅をし、と会って同盟軍に入ったということ(青と黄色はとても驚いた)。

そして一向には改めて、ここには息抜きのために来ているということを話した。

一緒に夕食を食べた後は発案の「親睦会」が、達の取った部屋で行われるらしい。

は同盟軍軍主であるため、宿の主人も「大事のときのための一部屋」を貸したのだろう。



夕食の席では疎外感を覚え(単に世界の違いによる知識の差だと思われる)あまり話さなかったが、

気を利かせたのだろう、やリュウが時々話しかけた。

さすがリーダー。周りによく目が行く。







「親睦会」という名の飲み会で騒ぎたい者はリュウ達の部屋に、寝たい者は達の部屋に。

達の部屋には、フリック、ビクトール、ハンフリー、ナナミが、

達の部屋にはルック、キニスン、シロが。

定員オーバーであぶれたとフッチは、ハンフリーとフッチの部屋にいた。

2つあるベッドにそれぞれ腰掛ける。

フッチはどうも奥手らしく(談)、のほうにも話題がないので話が弾まない。寧ろ話が出来ない。

少々卑怯な手だが、先程のフッチと少年のことを使って話題を作り出そうとする。

フッチはあまり話したくないだろうと思うが話題のためだ。


「夕方、宿屋の前で男の子と話してた?」

「え?」


虚を突かれたフッチはハッと顔を上げた。


「あ、ああ、はい。ケントのことですか?見てたんですね」

「見られるのは嫌だった?だったらごめん。男の子に何か見せてたみたいだったから、気になって」

「見せてた?…ああ。これです」


フッチはベッドの側に置いてあるポーチの中から、黒い板状のものを出す。


「僕、前は竜洞騎士団の見習い騎士で……。これは相棒だった竜の鱗なんです」

「よければ続きを聞かせて欲しいんだけど、良い?話したくないなら話さなくていいけど」

「良いですよ。ケントにも話しましたし、さんは悪い人じゃなさそうだし。

3年前の戦争で、僕かなりの無茶をしてしまったんです。その時にブラック……騎竜が死にました」


は記憶を呼び起こしながら話を聞く。


「竜を失った者は竜洞…騎士団のあるところなんですけど、そこを出なくちゃいけなくて。

行くあてもないのでハンフリーさんと一緒に旅をさせてもらってるんですけど、時々思います」

「何を?」

「……このままじゃいけないんだろうな、って」


背もたれがないせいか腰が痛くなったはフッチに断ってベッドに仰向けになる。

フッチも痛かったのか、に倣った。


「このままじゃいけないと分かっていても、どうすることも出来ないんですよね。

竜は…ブラックは僕の一部みたいなものだったから、喪失感が凄くて……でも、埋められなくて」

「どうすれば良いのか分からない?」

「はい。竜は竜洞でしか生まれないし、僕はブラック以外の竜を騎竜にしたくはないし。

竜が原因の喪失感は竜でしか埋められないって分かってるんですけど、それでもやっぱり嫌なんです」


ブラックはフッチにとって大きすぎた。

この世にブラックと同等の竜などいるはずがないのだ。


「もしもこのまま何をすればいいのか永遠に分からなかったらどうしようと思うと、不安になったりもするんです」


は暫く部屋の天井を見つめた。

そしてゆっくりと口を開く。


「私もそんな感じ」

「え?」


フッチが寝転んだまま横を向くのが分かった。は天井を見ていた。


「帰るとこが無いから同盟軍にいるんだけど、同盟軍に来た方法が少し特殊で。一部に敵と見なされてる」

「………」

「その上私はここら辺の生まれじゃないから、どうも同盟軍のために戦うには力が入らない気がする。

一部にとっては不愉快極まりないと思う。こんな中途半端な人間がいるのは。今朝、牢屋に入れられた」

「な…っ!」

「幸運にもあたしはある程度の力を持っているんだけど、使い道がない。何のための力か分からないから」

「何のための力か…?」


訝しむような声が聞こえる。


「『戦うための力』とか『護るための力』とか方向性が決まってたら戦いに力を使ったり力で護ったりできるけど。

戦う理由もないし、護るものもないし。じゃあ力を何に使うのか、と」

「…力が何なのかを見つけなきゃ、力が使えないんですか?」

「そういうわけでもない。ただ、迷いがある分弱くなる。結局はそういうこと」


ピエロは言った。「君は弱い」と。

それはつまり、迷いがあるということなのだろう。

力を戦うために使えばいいのか護るために使えばいいのか分からないから苦しむ。弱くなる。


「どうやって自分の力の在りかたを見つけるのか、分からない。どうすればいいのかも分からない。

本当に中途半端だね。牢屋に入れられて初めて、まだこんなに嫌われているんだと実感した」


竜を失って方向性を見失った少年と、力の方向性をいまだ見つけられない異世界の人間。

は横を向いて、フッチと対面した。


「がむしゃらに見つけて、それが間違ってたら嫌だね」

「……はい」

「結局のところ、間違わないように、ゆっくり見つけるしかないのかもしれない」

「…そう、ですね」

「一緒に探そう。手伝うことは出来ないけれど」


フッチは微笑む。もつられて笑んだ。


「ありがとうございます」




――フッチはもうすぐ、方向性を見つけられる。


この邂逅の終着点を思い浮かべて、は小さく溜息をついた。

見つけられないのは自分だけか。









翌日、目が覚めると少し冷えた。

あれからいつの間にか眠っていたようで、布団を一切被っていなかったのだ。

隣のベッドではフッチが、これまた布団を被らずにあどけない表情で寝ている。

はフッチに布団をかけ、そっとドアを開けて廊下に出た。

そして一階に降りたが、入り口の方がなにやら騒がしい。

外に出ると村の住人と思わしき人々が忙しなく動いていた。表情が険しい。

何かあったのか、と近くで井戸端会議をしている婦人たちに聞いた。


「ケント君が昨日から帰って来ないのよ!」


ああ、とは興味なさげに返事をしたが、婦人たちは聞いていなかった。



は踵を返すと、酔っているであろう人々をどうやって起こしたものか、思案をめぐらせた。















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2004.5.23
2006.8.3加筆修正

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